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切り取られた匂い  作者: 本郷透
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固まる決意、始まる行動

『大それた事をしたのね』

「……貴女には関係ないでしょ」

 夢の中でわたしは、再び真っ白で何も無い空間に居た。一人ではなく、以前も夢に出てきた、あの女の人と共に。

『そうね、関係ないわ。でもあたしは前に言ったわよね? 貴女が想う人の為に力を遣いなさいって』

「わたしが持ってる力をどう使おうとわたしの勝手でしょう。貴女には一切関係の無い事だよ」

『果たして本当にそうかしら?』

「──どういう意味?」

『本当に無関係ならどうして貴女はこんな夢を視ているのかしら? 考えた事は無いの? 自分が視る夢に意味は無いのかって』

「そんなの──ある訳ないじゃない。所詮は記憶の整理だよ、夢なんて……」

『本当にそう言い切れるの? 貴女が居るこの世界には、科学で説明出来ない事が数多く起こってる。貴女はそれを沢山体験して来た筈でしょう。その目で見たものを信じないというのは愚かしいことではないの?』

「目の前で起こった事が全て真実だなんて言い切れる訳無いじゃない」

『いいえ、違うわ。自分の目で見たものだけが真実なのよ』

「貴女とは相容れないよ。何処かへ行って。これはわたしの夢なんだから」

『そんな事言わずに少し話をしましょうよ。所詮は夢、目が覚めたら忘れてしまうのだから、気にする事なんて無いのよ』

 夢から覚める気配も無かったから、話に付き合ってあげることにした。

『明晰夢って知ってる?』

「知らない」

『夢を見ている本人が、これは夢だと自覚している夢の事を言うのよ』

 それはまるで今見ている夢の事の様だった。どうしてかは知らないけれど、わたしはこれが夢である事を──現実ではない事を知っていた。

『まるで貴女が見ているこの夢の様よね。明晰夢の中では夢を作り出した当事者は好きな事を出来るわ。だって、これは夢だって解っているんですもの。夢は見ている本人の作り出したその人だけの世界。だからそれを自覚している人って言うのは、その世界を掌握している事に等しいのよ。願った事は全てここでは叶う。素敵よね、嫌な事は皆消してしまえるなんて、本当に都合が良いわ』

「本当に、そうだと思ってる?」

『あら、何か不服?』

「わたしはこれまで何度かそういった類の夢を視た事があるけれど、操作することなんて出来なかった。だから必ずしも夢を自覚しているからと言ってそれを操作できる訳じゃないと思う」

『案外賢いのね』

「バカにしないで」

『でもそれは結局、貴女がそれを望んだからでしょう』

「どういう意味」

『貴女がその夢を変えない様に望んだから、知っていても流されるだけになっている』

「わたしが望んでそうしている訳、無いじゃない」

『解らないわ。そんなに言うならあたしを消してみたら良いじゃない。でも、貴女には出来ないわよね、そんな事』

「当たり前……でしょ……」

 ──段々苛立ってきていた。何を言いたいのか解らない、この雑談に、わたしは無意識に苛立ちを募らせていた。

『無意識に願っているから、意識的に世界を変える事が出来ないのよ。貴女は今だって、あたしを消そうと思えば消せる。現にイライラして、消したいんでしょう? でもそれは出来ない。それは何故か、簡単な事なのよ。貴女は人に話を聞いて欲しい。だから誰でも良いから側に居て欲しい。それだけの事なのよ』

「煩いッ!!」

 わたしは爆発しそうな思いを言葉にして全てぶつけていた。

『ほら、本心を言い当てられて、更に機嫌が悪くなってる。そんなのだから貴女は子供のままなのよ』

「煩いッ!! 黙ってよ!! 子供で何が悪いって言うの!? わたしは子供のままでいちゃいけないって言うの!? 理不尽じゃない!! わたしと同じ歳の子供は子供のままで居ても何も咎められないのに、どうしてわたしだけそんな事を言われるの!?」

 ──一瞬、ナツメの顔が頭に浮かんだ。

『あら、貴女の無意識は一人になることを選んだみたいね。あたしの身体が消えそうだわ』

 目の前に居る女は楽しそうに自分の身体が透けて、消えていく様を見ていた。

『覚えておきなさい。気持ちを溜め込むばかりでは、何も起こらないのよ』

 その言葉を最後に、女は目の前から消えた。


 *


 目を開けると、真っ白い天井があった。

 よく見知った、自分の部屋の天井──。

 陽は昇っていて、もう朝だった。アラームより早い時間に目が覚めたのはいつぶりだろう。

 何か、夢を見たような気がする。でも──何故だろう、思い出せない。

 何かとても、大切な夢を見た様な気がするのに──。

 気分が悪い。何だかイライラしているみたいだった。


 朝食をナツメと摂りながらテレビのニュースを見ていると、昨日の爆発の事が報道されていた。

「何も無い廃墟から爆発……ねぇ……。信じられない話だよね」

 当然、何も知らないナツメは興味無さそうにニュースを見ながらコーヒーを啜る。

「最近爆発が多くて物騒だよね」

 わたしも何も知らないフリをしてナツメに話を合わせる。

「都市ガス、どっかで漏れてるんじゃない? あー、やだやだ。管理がなってないなー」

 ナツメはやれやれ、と言わんばかりに顔をしかめる。

「田舎だからってそんな問題にならないとでも思ってるのかね、大人は」

「そんな事言うものじゃないよ」

「事実だったらどうするのさ。その事を指摘したって問題は無いはずでしょ」

「可哀想だって言ってるの」

 わたしは紅茶を一口飲んだ。

「ご馳走様」

「また今日も出掛けるの?」

「ちょっとね。用事があるの」

「ふぅん……。あ、片付けはボクがやっておくから良いよ」

「そう、じゃあお願い」

 わたしは食器を流し台に置くとリビングを出た。


 *


 通りに人は居なかった。昨日の爆発騒ぎと数日前の学校の爆発事件。何かが爆発するという恐怖に怯え、外出する人は減っていた。

 そんな中、わたしは一人、昨日の廃墟へと──正確には、廃墟の燃えた跡へと向かった。


 案の定、誰も居なかった。そこには黒く焦げた建物の残骸と、微かに残る不快なにおいだけがあった。

 死体は──今の所見つけていない。どうにか全て焼けてくれた様だ。証拠は消えた。

 青空が見える建物の中で、残っているものなんて何も無かった。死んだ場所──そう表現するのが相応しい位、そこは何も無かった。死者の魂が残っていたとしても、それすら無に還すのではないか──そう思える位、その場所は静かだった。

 焼け焦げた匂いと、植物の匂い──混ざり合った香りの中に、不協和音の様に微かに混ざる匂いがあった。わたしが昨日忘れようとして忘れられなかった、あの、匂い。

 はっきり言ってしまえば、それは「死臭」だった。焼けた肉の匂い、それがわたしの脳裏に焼き付いて取れなくなっていたのだった。

 わたしの本能は、生きる為に死を知覚させる匂いから遠ざけようとしていたらしい。けれどもわたしは、本能を理性で抑えてやるべき事をやる。

 瓦礫を漁って死体の片鱗を捜すのだ。もし残っていたら処分しないといけない。疑いがわたしに向けられるのは絶対に避けなければならなかった。


 ──よし、何も残ってない。


 一通り見て回った後、わたしはその場を後にした。


 *


「体調はどう?」

 お母さんが残業で遅くなると、携帯に連絡が入っていた。わたしは夕食の準備をしながらナツメの話に耳を傾けていた。

「どうって、大丈夫だよ。少し低体温だっただけ」

「低体温って、吐き気とかあるんだっけ?」

「人によってそれぞれでしょ? 体調が全く同じ人なんているわけないんだから」

 野菜を切る手が止まる。嘘がバレないと良いけど……。 

「まあ、そうだよね。DNA的に見ても、同じ個体なんて存在しない訳だし」

 また難しく解釈している。ナツメの話は時々専門的な知識に偏っていて、どうしてそこまで難しく考えてしまうのか、わたしには理解しがたい。

「あ、昨日の爆発の速報だ」

 テレビから流れる音声に、わたし達は耳を傾けた。自然と作業する手も止まり、視線がテレビに釘付けになる。

「何も解らないのか……」

「警察も手を(こまね)いてるらしいね。」

 証拠は完璧に隠した。無能な警察に解る訳が無い。

「証拠、探してみようかな」

 ナツメがポツリと呟いた。

「え?」

「だから、証拠を探してみるんだよ。あの廃墟、元々何に使われてたのかも解ってないし、色々不可解な事が多いと思ってたんだよね。それに、街中で行方不明者も出てるみたいだし」

 ナツメはテレビに視線を移した。画面には丁度、行方不明者のリストが映し出されていた。

「もしかしたら、この爆発事件と何か関係あるかもね」

 意味深な台詞を零して、ナツメは退室して行った。残されたわたしは淡々と夕食の準備を進めた。

 ナツメがこの事件を調べる──それはわたしにとって、非常に都合の悪い事だった。変に賢い上にこちらの事情を──選ばれた子供達の能力の事を知っているナツメ。早々に始末しなければならなかった。

 でも──それはわたしにとってみれば、都合の良い、いわばチャンスだった。


 *


『明日の十二時に、駅裏の倉庫に来て欲しい』


 たった一行の文面を送信すると、緊張感が高まっていった。


 *


 真夜中、街中を駆け回って手に入れたそれは、わたしが使う為にそこにあったのではないかと思う程に都合よく、簡単に手に入れられた。

 誰も居ない、明かりも無い、忘れ去られたその場所で、わたしは朝が来るのを待ちわびた。

 その場所には多くの霊が居た。湿気が多く、カビ臭いそこには、霊的エネルギーとでも言えば良いのだろうか、良くないものが充満していた。そこに留まり、漂う、白い影達──残留思念とでも言うべき幻がわたしを見つめていた。

「貴方達も何処へも行けないんだね」

 哀れみを込めたその一言に、頷くかの様に彼らはユラユラ揺れた。

 この短い会話だけで──といっても一方的にわたしが話してるだけだけど、それだけで彼らに対する親しみが湧いてしまった。ここに居るのは許されざる事をした人間の霊。それこそわたしの様に人を殺した人なんて沢山居る。彼らに少なからず、親しみは湧いていた。

「わたしもね、人を殺したの。日本じゃ死刑になってもおかしくない位、沢山の人を殺してしまった」

 彼らは同情するかの様にユラリと揺れた。彼らに感情はもう無いのかも知れない。でも、わたしはそこに彼らの感情を見出してしまった。

「許されない事をしたのは、わたしも同じ。わたしも貴方達と同じ様になってしまうのかな……」

 何処へも行けない彼らと、この世界から抜け出せないわたし達。その縛られた環境は違えど、自由が制限されたという点においては、わたし達は同じだった。そんな彼らの事を哀れだと思った。けれども世界に閉じ込められたわたし達に対しては、何も思えなかった。

「貴方達はちゃんと死にたいって──思う? 静かに眠りたいって──思う?」

 ユラリ──一つの揺らぎは波紋を呼ぶかの様に、周囲に広がって、やがて全員の意思の様に全ての影が揺れる。

「じゃあ、わたしが眠らせてあげるよ。静かに、穏やかに、苦しみから、解放してあげる──」

 ユラユラユラ──声も無くざわめき立てる彼らを、わたしは特別気にしたりしなかった。ただ、この場所を使わせて貰わなくてはわたしが困る。ただ、それだけの為に彼らを眠らせてあげる事にした。

「心残りは、無い?」

 全ての影が揺れると、わたしは右目の力を解放した。蒼く輝く右目はこの倉庫全体を包んで、収束した。光の粒子となって天に昇っていく彼らを見送り、わたしはその場に(うずくま)る。眠かった。朝までは眠っても問題ないだろう。明日は──。

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