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切り取られた匂い  作者: 本郷透
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能力の知覚

「ただいま」

「しばらくお世話になります」

「遠慮しないで、自分の家だと思ってくつろいで」

「はい」

「それじゃあ、お昼にしよう」

わたし達はお母さんが作っておいてくれたお昼ご飯を食べて、ナツメを部屋に案内した。使う布団を用意し、運び込む。

それらの作業が終わったのは何だかんだで午後三時を過ぎていた。

「もう少ししたら行こうか。旧市街までも遠いから早めに家を出るよ」

「わかった。今日はなんだか行ったり来たりって忙しいね。今までの運動不足が祟って足が痛いよ」

ナツメは床に寝転んで足を投げ出す。

「わたし、自転車とか持ってないし、お母さんも車を持ってないから──歩くしかないよ」

「ボクの家だってそうだよ。だから極力家から出ない様にして、学校だって近い所選んだって言うのに」

うんざりしたかのように両手を挙げてやれやれというような仕草をした。それがどうにも子供っぽくて思わず笑ってしまった。

「何かおかしい?」

「ううん。ナツメもわたしと同い年なんだなって思っただけだよ」

「なにそれ?」

上体を起こしてこちらを見る。

「ナツメって大人びてて、本当に同じ歳なのかってずっと疑問だったんだけど、今見て安心した」

「なんだよ、それ」

「フフッ。何だろうね。──そろそろ行こうか」

「そうだね。これで今日は終わりだ」

わたし達は立ち上がって待ち合わせの桃李神社へと歩みを進めた。旧市街の道路は整備が行き届いてなくて、コンクリートに割れ目が目立つ。しかもその間からは雑草が生えていて、とても歩きにくい。

「疲れた足にはきつい道のりだね……」

「そう言わないで。この後また石段を登らないといけないんだから……」

「うへー……」

今のナツメの表情は見なくても解る。きっと疲れ果てた様な顔をしているだろう。

「もう少しだから、文句言わないでよ」

「うー……」

ナツメは低く唸るばかりだ。

そんなやり取りを繰り返すうちに、目的の神社は眼前へと迫っていた。


「──早かったな」

「シンイチロー君の方が早いじゃない。他の皆は? まだ来ていないの?」

「──ああ。俺だけ先に来た。もうすぐ来るだろう。それより──」

「どうしたの?」

「──アイツは大丈夫なのか? 今にも死にそうな程、悲壮感を漂わせているが……」

「ただの運動不足だよ。わたしたち、普段からあまり運動しないから」

「──そうか。ならいい」

「今日は学校、休みだったの?」

「──いや、今日は違う。通常通りに登校して、授業も受けた」

「だからこの時間なんだね?」

「──ああ。掃除当番の事を考慮してこの時間にしたんだ。ハルカとトウヤが当番だったからな」

「大変だね」

「──俺達は関係無い。──来たみたいだ」

腕を組んだシンイチロー君が石段を見る。つられて同じ方向を見るとそこには赤いジャージを来たタクト君や、水色のパーカーを来たトウヤ君達が居た。どうやら皆同じタイミングで居合わせた様だ。

「これで全員揃いましたね」

頭上から美影さんの声が聞こえた。シンイチロー君は美影さんにまで声を掛けたのか。

「──話を始めてもいいか? 今日はあまり時間が無い。率直に話す。美影、俺達の能力について話してくれ」

「そういえばまだ話していませんでしたね。解りました。できるだけ手短にお話します」

美影さんは一度全員を見回すと目を閉じて話し始めた。

「貴方達に備わった能力は知っての通り、人の持つ力を超えたものです。その力は他の人間には使いこなせない代物でしょう。ですが貴方達に宿った。何者かに植え付けられたのか、それとも貴方達が無意識に手に入れる事を切望したものなのか、それは不明ですが貴方達の手の中にある事は事実。変えようの無い結果なのです。その力は強大かも知れませんし、そうではないかも知れない」

「つまりはどういう事なの?」

「つまり、私にも解らないことが多いのです」

ニコニコと微笑む美影さんは、その笑顔の裏に何かを隠している様な気がした。

「しかし、僅かにですが解る事もあります」

「それは本当か!?」

「ええ。――貴方達の能力は、人の五感に由来するものです。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。生き物が持つ五つの感覚――例外もありますが、それの延長線上にあるのが貴方達の能力です。しかしながら、貴方達の能力は誰がどの感覚に由来するものなのか、それはわかっていません。それにまだ能力が発現していない人も居るでしょう? 解らない事だらけなのです」

「──ねえ、美影さん。わたし、自分の能力が解ったかも知れない」

「──詳しく……聞かせてもらえますか?」

わたしは無言で頷いて話し始めた。学校での爆発の事、そして匂いに敏感になった事を。

「わたしは学校の屋上でお昼休みに目覚めたの。そして、ナツメに会って、話しているうちにある匂いに気が付いた。その匂いの元になった気体があの学校の爆発の原因になったもの。多くの人を死に至らしめたもの。それからわたしは微弱な匂いですら嗅ぎ取れるようになった。少しだけの匂いですら、わたしには強い匂いとして感じられる。動物みたいに、多くの匂いを嗅ぎ取れる様になった。──ねえ、美影さん。わたしの能力って、嗅覚に由来するものなんだよね? そうなんでしょ?」

「──お話を聞く限りではその通りです。しかし、例え同じ感覚に纏わる能力を持つ人でも、その能力の在り方は異なります。ツバサさんの能力が嗅ぎ取るだけとは言い切れません。そんな動物が持つような能力だけの筈が無いのです」

「要するに、匂いが強く感じられるってことだ。解ったか? ラン」

話の内容について来られていないラン君を見兼ねて、すかさずタクト君が解説を入れる。

「ああ。つまり、納豆みたいな臭い匂いだとツバサは苦しいってことか?」

「そういうことだろ」

「でもよ、納豆ってそんなにキツイ匂いするか? 砂糖入れた位じゃそんな匂いしないだろ?」

「え……ラン……納豆にお砂糖入れるの……?」

キキョウちゃんが心底不思議そうな顔をしてラン君を見る。

「何言ってるんだよ。そんなの普通だろ? 何処の家でもやってる事だって母ちゃんが……」

「──ラン……それは普通じゃない。確かにとある県ではやっているようだが、ここら辺ではそんな食べ方はしない。醤油を掛けるのが一般的だろう」

「え? マジで? でも母ちゃんが……」

「その食べ方……気持ち悪いの……」

メアちゃんが口元に手を当てて顔を顰める。

「とにかく美味いんだぞ!? お前らも……」

「「そんな食べ方絶対嫌だ」」

満場一致でラン君の納豆の食べ方は却下された。

「ラン君のお母さん、その県の人なのかな……」

「知らねえよ」

ラン君は不貞腐れてそっぽを向いてしまった。

「ランの納豆の食べ方はさておき、おれは美影の話の続きを聞きたい」

レオ君の一言で話は元の方向に戻った。

「それぞれの能力は本当に感覚頼りですからね……わたしの口からは何とも言えません。しかし、ツバサさんの能力は恐らく、感じ取る香りを強める力なのでしょう。自分に届く香りを操り、その結果強くなった香りがツバサさんの鼻に届く──といった感じでしょうか」

「自分で探るしかないって事だね……」

「トウヤ君みたいに最初から発現している人も中には居るでしょう。しかしながら表立って目立つような能力ではないからそれに気付かない人も居る──」

「ところで、ボク、最初から気になってたんだけどさ、美影はどうしてそんな事まで知ってるの? おかしいと思わない? まるであの時から──三周目の世界から、ここに飛ばされる事を知っていたかの様に色々な知識があるなんて」

「私、あの世界で言いましたよね? 神様から知識を授かった、と」

「だったらどうして全てを知らない? 神ならば事の全容を知っているのが普通だろう?」

「──確かに私は神様から知識を頂きました。しかしながら、途中で邪魔が入ってしまったのです。引き継ぐはずだった知識は、まるでデジタルデータが破損したバグのように、曖昧で不確かな情報の欠片となってしまった。だから私の知識は断片的なものでしかありません。足りない分はこの世界で補っていくしかないんですよ」

美影さんは俯いてそう言った。

「ナツメ、どうしてそんなに美影さんに食って掛かるの? 彼女がこの世界でわたしたちに何か酷い事をした?」

「この世界ではまだ何もしていない。でも前の世界ではどう? とても酷い事をされたよね。ボク達は死んで、その上ツバサは大切な人を失った。それなのにどうしてツバサはコイツの味方を気取れるの? 優しいにも程があると思うよ」

ナツメは拳を作り、それはもう、爪が食い込んで血が出そうな程に強く、強く、握っていた。

確かにナツメの言う通りだ。わたしも皆も、大切なものを失った。しかもその原因は美影さんだ。でも、だからと言ってここに居る誰よりも知識を持っている人の協力を拒むことなんてわたしには出来なかった。この世界を脱して、大切な人に会いたい。その気持ちに嘘が吐けなかった。

「──そろそろ日も暮れます。この辺りには街灯が無いので早く帰った方が良いでしょう」

美影さんの一言でわたしたちは解散を余儀なくされた。


全員が居なくなった後、わたしは新市街の公園に居た。ブランコに腰掛けてこれからの事を考えている。

旧市街とは違って色々な施設が敷き詰められた様なその場所は、酷く息苦しく感じた。人が多いから空気が汚れているのはわかるけれど、それだけではなかった。

ただでさえ匂いを強めてしまうわたしには辛いだけだった。

この匂いを全て失くせたら良いのに。

自然とそう思ってしまうのも無理は無い。そういう思考が巡ったと同時に閃きも頭を掠める。試してみれば良いんだ。能力の限界を、使える範囲を。でもそれには少しでも知識が必要だ。もし自分のやっている事が自身を危険に晒す様な行為であればそれはやめなければならない。実験の上限を決める為にも下調べは大切だった。

しかし知識を手に入れようにもこの時間ではもう図書館も書店も閉まっている。携帯電話からインターネットに接続して調べようにもこの街は電波が悪い。それにネットの情報は正確性に欠けるからいまいち信用できない。パソコンをあまり使わないわたしにもそれくらいの常識はあった。

何にせよ、全ての行動は明日からだ。明日図書館に行って調べよう。休館日は日曜日だからしばらくの間は通いつめても良いだろう。

さあ、そろそろ帰ろう。あまり遅いとお母さんが心配する。

ブランコから飛び降りて家路を急ぐ。旧市街とは違って街灯が等間隔で並ぶ道は白い明かりに照らされていた。足元から伸びる影は多方向に突き出していた。

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