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切り取られた匂い  作者: 本郷透
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置かれた状況

 石段を上りきると寂れた神社が顔を見せた。さっきまでの石段と違って太陽の光を遮る事の無いその場所は眩しくさえ感じられた。

「あれ……どうして……」

 神社には先客が居た。わたしたちより遥に幼い顔立ちをしたその子供達は全部で七人。

「ほら、言った通りに来たでしょ?」

「マリの言うことって良く当るよね」

「全部推測してるだけよ。それより、あの二人にも話を聞きましょう」

「そうだね」

 子供達はわたしたちが来たら何やら少し話し込んで、こちらに来た。

「お二人も目覚めたみたいですね。どうぞこっちへ来て話を聞かせてくれませんか?」

 集団の中でメガネを掛けた女の子が話しかけてきた。

「どうして皆はこんな所に居るの? 学校、行かなくて良いの?」

「……学校、お休みになったの……。何処かの学校で爆発があったから……近くにあった私達の学校も……お休み」

 物静かそうな女の子がそれに答えた。わたしがその子を見ると、その子はビクッっと震えてメガネの女の子の影に隠れてしまった。

「……確かこの街の学校は全て休みにすると教育委員会から通達されたらしい」

 目つきの鋭い男の子も口を開いた。というかどうしてそんな事を知っているのだろう。

「まさか人が居るなんてな……。この面子、偶然にしてはありえないよな。それにその目の色って事は全員目覚めたらしいな」

 石段の方から聞いたことのある声が聞こえた。わたしたちが一斉に振り向くとそこには制服姿の男の子──この場に居る子供達よりも少しだけ大人びた子供と、青いジャージを纏って少しだけ宙に浮いている女の子が居た。

「これで──揃ったね。──始めようか」


「改めて自己紹介しようか。ボクはナツメ。今日爆発があったところの学生」

「わたしは雪白つぼみ。訳あってツバサって名乗ってたからそっちの名前で呼んでくれると嬉しいな」

「俺はタクトだ。よろしく頼む」

「ウチはメアなの」

「僕はトウヤです」

「おれはレオ。よろしくな」

「私はハルカって言います」

「アタシはマリ。よろしくね」

「オレはあらしっていうけど、ランって呼ばれてる。そう呼んでくれ」

「……わ、私……キキョウ……です……」

「……シンイチローだ」

「──もう一人、重要な人物が居ないね。あの後死んだのかな?」

「な、ナツメ、軽々しく死んだとか言わないでよ」

「事実かもしれないじゃん」

「失礼ですね。私はここに居ますよ」

 もう一人の重要人物──美影さんの話をしていたら、頭上から声がした。見上げるとあの時と違う制服を着た美影さんが居た。

「美影──生きてたのか──」

「残念ながら私はまだ死ねません。やらなくてはならない事がまだ沢山残っていますからね」

「美影──その喋り方……」

「どう話そうと私の自由、です」

 にっこりとわたしたちに向けられた微笑みは冷たく、拒絶を示している様だった。

「あの、美影さん。一つ訊いても良いですか?」

「どうしましたか、トウヤ君」

「僕のちから、妖怪を見る力なんですけどどうしてここには何も居ないんですか?」

「敬語は使わなくても良いですよ。ここは神社という聖域ですからね。人は居なくなり寂れても神様の力は残っている。妖怪は近寄れないのですよ」

「……神様は……一人じゃないの? ……本の中では一人しかいないよ……?」

「キキョウちゃん、貴女が読んでいる本は外国のものばかりでしょう? 日本には八百万の神といって、全ての物に神様が宿っているんですよ」

「話を戻しましょう。今までの事、そして、これからの事を話しましょう」

 美影の作り笑顔は胡散臭い物だった。

「まずはあの時から今までのお話をしますね。あの後──あの世界での私たちは死んだことになります。そうして次の世界であるこの世界に飛ばされました。所謂、四周目の世界ですね。こうして完全なまま全員で次の世界に辿り着くというのは初めての事です」

 美影さんの口調は丁寧で重く、深刻な話題であるという事がひしひしと伝わってきた。

「私たちは身を持ってこの世界が繰り返すことを知ってしまいました。それがどれだけ苦しく、辛く、危険な事かも。混乱したでしょう? 最初。どうしてここに居るのかって。この世界での魂の器──つまりこの世界での身体ですね。それが持っている記憶と、私たちが前の世界から受け継いできた魂の記憶。それらがぶつかり合って、どうして自分が今この場所に居るのかがわからなくなってしまった」

 あれはやっぱりそういうことだったのか。

「そして今だって記憶が混在している。私たち生き物はその魂を身体に閉じ込めて、その状態を生きていると呼んでいます。身体から魂が離れた時が死。解き放たれた魂は通常ならば死神によって回収され、次の身体に収まります。けれどもこの世界の持つ力は強い。死神なんて干渉する余地もありません。だから身体から離れた魂は次の世界に飛ばされます。それが今の私たちです。でも、あの世界では私たちの身体が死んだわけではない。魂のみが剥離された」

「? つまりどういうことだ? もっと解りやすく説明してくれよ」

 何を言っているのか解らなかったラン君が顔をしかめた。

「すみません。もう少し言葉を選ばせて貰いますね」

「オレら子供にも解る様に頼むぜ」

「俺は解るけどな」

「タクトさんは水差さないで!」

「ヘイヘイ」

「話、再開しても良いですか?」

「おお、悪い悪い」

「剥離って言うのは、引き剥がされることだよ、ラン君」

「お前、ツバサだっけ? 解らない事は解説頼む」

「任せて」

 これでも文系の端くれ。語彙は豊富……だと、思う……。

「魂のみ引き剥がされたのであの世界で私たちは身体だけの存在と成り果てました」

「……死んだ訳では無いのか」

「ええ。あの世界での私たちには心がありません。ただ社会に適合する人形です。本物は、こっち。今ここに居る私たちです」

「……人形……」

 キキョウちゃんの表情が曇った。何か思い当たることがあったのだろうか。

「あの世界までの事は三周目──つまり前の世界で語った通りです。あれで全部なので今はそれには触れないでおきます。そしてこれからのことですが──」

「率直に訊く。この世界を脱出する術はあるのか」

 タクト君が鋭い視線で美影さんを睨み付けた。わたしはしたことのないような顔だ。

「フフッ。せっかちですね。今から話す所ですよ。時間はまだありますからゆっくり聞いてくださいね」

「時間なんて──いや、いい。こんな話こそ時間の無駄だよね」

 ナツメは何か言いたそうにしていたが口を閉じた。

「この時間を抜け出す方法ですが──あります。確かに存在しますよ。一つだけ、あります」

 ──その言葉に、わたしたちは開いた口が塞がらなくなった。まるでおとぎ話でも聞いているかのような言い知れない非現実感があった。

「本当ですよ。話す上ではとても簡単です。しかし実行するのはどうでしょう……」

「──────早くその方法を話せ」

「解りました。──この世界を抜け出すには鍵を集める必要があります。一人一つ、その人に見合った鍵がこの世界には存在します。それを集めれば良いのです」

「その鍵って言うのはどんなものなんですか?」

「敬語は必要ありません。私には身体がありません。今は魂だけの状態なので時間が進むことが無いのです。ずっとこの姿のままなのですよ。ですから、敬語も必要ありません。鍵がどういうものなのかは残念ながら解りません。一から探さないといけないでしょう」

「何の手がかりも無しに!?」

「手がかりならあります。みんなにはそれぞれに能力があります。鍵はそれにまつわるものになるでしょう」

「ウチらの──能力……」

「……鍵を見つけるまでの制限時間って言うのはあるの? 一ヶ月以内に全て揃えないといけないとかさ」

「この世界が終わるまでに見つけないといけません。具体的に言えば今年の三月まで。それを過ぎてしまえばいくつ見つけても全て振り出しに戻ってしまいます。鍵は全て十二個なので、一ヶ月に一つのペースで見付かれば良い方です。しかしそんな順調に見付かるわけもありませんよ。急いで一つ目を探しに行かないと手遅れになるかもしれません」

 美影さんはありえない位の笑顔を浮かべている。そんなに面白い事だとも思えないけれど……。

「しかし鍵探しには命の危険を伴う物もあります。探すか否か、それを決める権利位は貴方たちにもあります」


 「──一晩よく考えてください」

 美影さんはそう言って姿を消した。


「──連絡先、交換しておこうぜ」

「──そうだな」

 誰も言葉を発さなかった中、タクト君が言った。その後無言で自分たちの連絡先を紙につづり、互いに交換した。


「ナツメはどうする?」

「ボクは──探すよ。どうしてもこの世界を抜け出して、会いたい人が居るんだ。だから──」

「そっか……。わたしも会いたい人が居るんだ。だからこの世界からは抜け出したい。きっと正しい世界にはあの人が居ると思うの」

 解散した後、わたしとナツメは神社の境内に残った。貰ったラムネを飲みながら、今後の事を話していた。

「あの子達、どうするかな」

「さあね。彼らはまだ幼い。命を掛けて苦しむにはまだ若すぎるよ」

「この世界は、過酷にして残酷だよ。子供は自由にのびのびと生きるべきだよ」

「そんな世界で生きるために、ここを立ち去りたいっていうのも命を賭ける理由としては十分だと思うけどね」

「それでも、あの子たちには酷だよ」

 ラムネを開けると炭酸が噴出した。それに口をつけると微量の刺激が口の中に広がる。温いそれは鈍く口の中を(ねぶ)る。

「その答えは神のみぞ知るんだよね」

「そうだね」

 その後わたしたちは無言で飲んでいたラムネが無くなるまでその場に居た。

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