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切り取られた匂い  作者: 本郷透
10/13

復讐劇

「ツバサ、こんな所に呼び出して、一体何の用な訳?」

 正午。呼び出しの時刻丁度に、ナツメは現れた。

「話があるならツバサの家でも良かったでしょ。何でこんな所に呼び出した訳?」

 わたしは姿を隠していた。心の準備をしたかった。これからすることに失敗は許されない。だから──。

 大きく息を吸い込んで、吐き出す。そしてナツメの前に姿を現す。

「どうしたの? 制服なんて着ちゃってさ。学校はもう無いって言うのに」

「大した理由なんて無いよ。もうすぐわたし達は他の学校に転入する事になるでしょ? そうしたらこの制服ともお別れなんだなって思うと、何だか名残惜しくはならない?」

「まあ、確かにそうだね。でも、ボクは大して愛着も無いから、あまり強くそうは思わないかな」

「ナツメは思い出に区切りをつけるのが上手なんだね」

「そうかもね。──それで? ボクをここに呼び出した理由をそろそろ話してくれる?」

「急ぎすぎだよ。そんなに急がなくてもわたしは何処へも行かないよ」

「ボク、無駄な事って嫌いなんだよね。用があるなら早めに済ませてよ」

「この後用事でもあるの? 急ぐ必要なんて、何処にも無いでしょ?」

「それで? いい加減話してくれる?」

「──解った。話すよ。──ナツメ、爆発事件の事調べるの、やめなよ」

 ナツメは鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしていた。

「──え? 言いたい事って……それだけ?」

 もっと重要な話があるとでも思っていたのだろう。拍子抜けしている様だ。

「そうだよ、それだけ。──でも、ナツメがもっと話したいって言うなら、付き合ってあげるよ」

「そんな忠告だけなら、わざわざこんな遠くまで呼び出す必要なんて無いじゃん。呆れた。ボクは帰るよ」

「あの爆発事件、どうして追いたいの?」

 踵を返し、倉庫の出口へと向かうナツメを引き止める様にわたしは尋ねた。

「何でって……興味があったからって答えれば満足?」

 ナツメは機嫌が悪そうだった。本題を引き出せずもどかしいのだろう。

「嘘なんていらない。本当の事を話してよ。わたしはナツメの事が心配。一人で危険に向かっていってもしもの事があれば──」

「そんな事があれば、ツバサは満足だろうね」

 ナツメの口から、耳を疑う発言が飛び出た。どうして──。

「ああ、やっぱり腑に落ちないって顔してるね。解るよ、それくらい。簡単な事じゃないか」

 ナツメはニヤリと口角を持ち上げた。

「あの爆発事件の犯人、ツバサなんでしょ?」

 ゾクリ、と悪寒がする。ドクン、と心臓が高鳴る。冷や汗が噴出す。

「どうして──そう思うの?」

「だから言ってるだろ、簡単な事だって。あのニュースとツバサの帰宅時間を考えれば、ね」

「…………」

「あれ? 何も言えないって事は、図星? ああ、やっぱりそうだったんだね。ボクはカマかけただけなのに、こうもあっさり自白してくれるなんて。──それで? あんな爆発起こして何を企んでいるのさ」

「──フフ────フフフ──アハハハハ!!」

 わたしはお腹の底から声を出して、笑った。

「そうだよ、その通りだよ。あの爆発を起こしたのは、わたし。他でもない、このわたしだよ」

「ツバサ、何かに取り憑かれたの? 何か変だよ」

「──変? 変なのはあんた達でしょ!!」

 気付けば声を荒げていた。

「どうしてあの女の言ってることを信用するの!? どうして一度はわたし達を殺そうとした、あの女を信用出来るっていうの!? ねえ、答えてよ!!」

 ナツメは黙って俯いた。

「──確かに」

 前髪で顔が隠れてその表情は見えない。

「確かに、ボク達は美影に殺されかけたし、実際殺されたと言っても過言ではないよ。でも、前に言ったよね? ボクはこの世界から出て、会いたい人が居るって。その人と会う為なら、ボクは使えるものを何でも使う」

「──そう。わたしは、アイツに全部奪われた。大切な人を、三人も奪われた。だから、もうこれ以上大切なものを奪われたくないの。それに──」


 復讐しないと、気が済まないの──。


「──バカらしい」

「何?」

「バカらしいって言ってるんだよ。復讐なんて、アホらしいって言ってんの」

「復讐の何処がバカらしいって言うのよ。アンタには何も解らない癖に、偉そうな事言わないでッ!!」

「解るよッ!!」

 今までに聞いた事の無いナツメの大声が倉庫内に響き渡った。

「ボクだって大切な人を失った。でもそれが美影の所為かなんて解らない。だからボクは自分の力で美奈を──彼女を探す事にしたんだよッ!!」

 ナツメの手には血が滲んでいた。強く握り締めた所為で爪が食い込んで出血したのだろう。

「だから、何!? わたしにもそうしろって!? バカじゃないの。アンタに何が解るのよ!! たったの一人しか失った事の無いアンタに、一体わたしの何が解るって言うのよ!!」

「解んないよ!! 解る訳ないんだよ!! ツバサの苦悩なんて知ったことじゃない!! 人間が痛みを共有出来ると思ったら大間違いだ! 同情されたいなら他の奴にして貰えよ、ボクはお前なんかに同情はしない。そんなの弱者のする事だ!!」

「──弱者? じゃあ何? アンタは自分が強いとでも──強者だとでも思ってるって言うの?」

「そうは言わない。でも、そこまで弱くないのも事実だ」

「嘘つき。弱い癖に強がって、アンタこそバカみたいじゃない」

 普段抑えている本音が、どんどん口から溢れてくる。止め処なく、永遠に零れ続けるのでは無いかと思う程に、沢山の止まらない黒い言の葉が……。

「言ってれば良いよ。それで? そんなくだらない会話をする為だけにボクをこんな薄汚い倉庫に呼び出したの? だったらボクは帰らせて貰うよ。バイバイ、バカなツバサ」

「そうだね、確かにこんな事言ってても無駄だよね。じゃあ、終わらせようよ。全部をさ」

「何をするつもり?」

 ナツメが顔を顰めた。わたしの一挙一動を気にして、じっくりとこちらを見ている。

「──アンタを────殺す」


 少しの間があった。わたしが発した言葉をナツメの脳が処理するまでの、本当に一瞬の、間。


「さて、問題です。ここに、ある薬品が入っていた瓶があります。とても有毒で吸ったら達まち死んでしまう様な、そんなクスリです。それが何だか、解る?」

 わたしは瓶のラベルをわざと見える様に瓶を持った。

「シアン化──水素──」

「正解。理系のナツメには、簡単過ぎるよね。こんなの」

「でもシアン化水素には特有の匂いが──」

 そこまで言ってはっとしたナツメは目を見開いた後、もう一度わたしを見据える。

「匂いを──消したって事か──」

「大正解。わたしの能力、覚えていてくれて嬉しいよ」

 わたしは冷たい笑みを浮かべた。

「匂いを消して、ボクに解らない様にして、そしてボクをこの場所へ誘い込んだ。完璧だね。強い殺意を感じるよ。でも、そうするとツバサも危ないんじゃないの? 同じ空気を吸ってるんだから、ツバサだって死ぬかもしれない。違う?」

「確かにその通りだよ。わたしも死ぬかもしれない。でも、わたしはそれでも構わないって思ってる」

「ツバサの目的は、一体何?」

「あれ? 気付いてなかったの? わたしの目的──それはね」


 美影を、この世界に閉じ込める事だよ……。


「──フフ、驚いた? どうしてわたしが直接美影を狙わないのか、解らないでしょ?」

 ナツメは黙秘した。わたしはそれを肯定と受け取る。

「だって、殺しちゃったら、次の世界に魂が飛ぶじゃない。わたしは自分を犠牲にしても構わない。それでも良いから、美影を苦しめたいの。フフッ、永遠に好きな人に会えなくなるなんて、最高の復讐でしょ?」

 ──わたしを見るナツメの目は、さっきよりも冷たくなっていた。

「それで──」

「?」

「それで、おばさんはどうなるの? ツバサが死んだら、この世界のおばさんは、一人ぼっちになるんだろ? そんな事したら、可哀想じゃないか……」

「……お母さんの事を話に出せば、わたしが引き下がるとでも思ってるの? だったらそれは大間違いだよ。お母さんが孤独でいるなんて、わたしにはもう見慣れた光景なんだから。美影に会うまでの三年間で、三周もの間、わたしは孤独なお母さんを見続けてきた。あの閉ざされた空間の中から。でもそれももう終わってしまった。わたしはこの世界に放り出されて、望まない出会いをした。思えばそれからじゃない? わたしがこんな風になっちゃったのって……」

 自嘲的に嗤う。そう、悪いのはわたしじゃなくて、全部、美影──。わたしの大切なものを全部奪い去った、あの、女。

「ああ、でも、死ぬ前に全部教えてあげるよ。ナツメが気になってる、爆発の真相をね」

 ナツメは顔色一つ変えずにわたしを見ていた。睨みつけるその視線は、刃物の様に鋭く、真っ直ぐだった。

「今街で噂になってる、行方不明事件、それも絡んでくるんだけどね。行方不明になった人達って、みんなわたしが殺したの」

「……やっぱりね」

「知ってたの? 意外」

「何となく、察しは付いてた。無関係じゃないって事位は」

「そう……。わたしはあの人達を爆発があった廃墟に呼び出した。自分の能力を試す為に。無臭化を使う練習にもなるから、硫化水素の中に彼らを呼び出した」

「図書館に通っていたのは硫化水素の特性を調べる為──」

「そうだよ。材料は案外簡単に手に入った。ネット通販で硫黄と鉄粉を買って、連鎖反応を起こせば硫化鉄が出来る。あとはそれに塩酸をかければ簡単に硫化水素は発生するよ」

「塩酸は? どこで手に入れたの? あれは確か薬局でも学生が買う事は出来ない筈だよね?」

「駅前にある廃ビルのテナントに、製薬会社があるの、知ってる? 薬品をちゃんと処分せずにそのまま放置してある場所があるの。そこに忍び込んだら、簡単に手に入るよ」

「ああ、やっぱりあそこか」

「何? 知ってたの?」

「前の世界で大量の睡眠薬を使おうとした時に、大分足を運んだよ」

「大量の睡眠薬……自殺でもしようとしたの?」

「そうだよ。ボクは一周目の世界で、自殺を謀った」

「ふぅん。まあ、そんなのどうでもいいよ。──そしてわたしは彼らをじっくり時間をかけて殺した後、その廃墟を焼き払った」

「硫化水素に可燃性があるのを教えたのはボクだからね。それにしても文系のツバサがよく覚えてたもんだ」

「バカにしないで。記憶力はあるの」

「そりゃ失礼。それで? 一般人が作った硫化水素だけじゃあそこまでの爆発って無理だと思うけど? 試薬の純度が足りなくて、濃度は大分薄かったはずだ」

「そうだよ。だから、爆弾も作った」

「──爆弾?」

「テルミット爆弾って言えば、解るでしょ?」

「なる程ね。アレなら高校生でも簡単に作れるよ。日常的な物で全て代用して、かなりの破壊力を生み出せる」

「アルミの粉は一円玉を削れば良いし、鉄は硫化水素を作った時の鉄粉を使えば良い。それで導火線に繋いでやれば──あとは解るでしょ?」

「何にせよ、文系コースの人間がよくもまあそんなに化学の知識をフル活用して人を殺したもんだ。呆れるよ。努力の方向性、間違ってるんじゃないの?」

「間違ってなんかないよ。そもそも、誰が正しいとか間違ってるとか決めた訳?」

「神様じゃない?」

「神様なんて、人の信仰が無ければ生きていられない脆い存在、誰が信じるっていうの、くだらない」

「ツバサがそれを言うとか──おじさん、かわいそうだね……」

「そしてわたしは死体を高温で焼いて、証拠を全て消した」

「警察も困ってたみたいだよ。何も残っていないって。ガラスの破片くらいだって言ってたけど、ガラス瓶でも使ったの?」

「居酒屋だったんじゃないかな、瓶だけはいっぱいあったからね。都合よく使わせてもらった」

「導火線は差し詰めニクロム線って所でしょ? 軍隊でもそうしてテルミット爆弾を使ってるらしいからね。日本ではどうだか解らないけど」

「そう。そして今日、アンタを殺したら証拠隠滅の為にそれを起動する。不思議だよね、特有の匂いのある気体って、大抵よく燃えるんだよ。わたしの能力と、とっても相性が良い」

「まあ、どうでも良いよ。事件の真相はわかった。これで心置きなく、死ねる」

「生きたいとは思わない訳? 命乞いをしたりしない訳?」

「別に。一周目で自殺を謀ったんだから、死ぬことに対する恐怖なんて、もうとっくに捨てたよ。寧ろ、死に対する親しみの方が大きい」

「志賀直哉みたいな事を言うんだね」

「誰、それ」

「作家だよ。覚えていたら、次の世界で調べれば良いよ」

「あっそ。めんどくさい」

「まあ、何でも良いよ。そろそろさよならの時間だしね」

 わたしは携帯電話のデジタル時計を眺めた。ナツメがここに立ち入ってから一時間が経過しようとしている。そろそろこの瓶一本分は気化している頃だろう。

「でも、死にたいなんて嘘だよね、ナツメ」

「どうしてそう思うの? 理由を聞かせてよ」

「さっきから口数が減ってきてるの、気付いてないとでも思った? 息、止めてるんでしょ? 無駄だよ、そんな事をしたって。呼吸をしなくても、物質は吸収される。嫌な匂いがするからって息を止めても、気体を吸い込んでいる事に変わりは無いんだよ」

「…………」

「空気中に漂ってる物質はそれなりに肺に入ってくるし、吸収される。ああ、でもまだこれ位の濃度じゃ、死なないよね。実はもう三本あるんだ。だからこれをさ、全部叩き割れば、ナツメも死んじゃうよね? フフッ」

 わたしは何が楽しいのか、嗤っていた。もう自分にも止められない。黒いこの感情は暴走を始めてしまった。全てを壊す為に、働き始めてしまった。これがわたしがずっと溜め込んできたものだとでも言うのだろうか。

 わたしは手に持っていた瓶をナツメの背後に向かって投げた。瓶は壁に当って割れ、中に入っていた物が床にぶちまけられる。

「もうしばらくしたらアンタは、蒸発して濃度を増したシアン化水素の中で眠る様に逝く。安心してよ、わたしも一緒に死んであげる。孤独死だけは回避してあげるよ」

「──ねえ、こんなことして、一体何になるって言うの?」

 わたしの質問に答える位しか口を開かなかったナツメが自ら言葉を発した。

「行動の理由? そんなの、聞くだけ無駄だって思わないの? これだから理系は。全ての出来事にいちいち理由をつけたがって。面倒だね。理由なんて無いよ。殺したいから殺す。ただ、それだけ」

「意味も無く行動するなんて、文系は本当に無駄が多いね」

 ナツメはわたしを挑発するかの様に言った。

「理系には解らないよ。いつだって難しく考えてしまう、そんな人達にわたし達の簡単な思考は、多分理解出来ないよ」

「ボク達だっていつも難しく考えてる訳じゃないけど……」

「わたし達からすれば十分に難しい話だよ。もう、別次元の話みたいに」

「ふーん。でもそっちは言語学とか得意そうじゃん。理解出来ないの?」

「知ってる? 英語って理系の科目なんだよ。法則に当てはめて読み進めるっていうのは、公式に数字を当てはめるのと大差ないんだよ」

「ふぅん? まあ、どうでもいいけど。ボク、英語の成績良くないし」

「──ねえ、もうやめない? こんな雑談。ツバサだって本当は解っているんでしょ? こんな事しても何も変わらない。ただ、待つ時間が長くなるだけ──」

「そんな事はない。少なくとも、わたしの気が済む。わたしの心を少しだけれど、満たせる」

「そんな事で満たされた心なんて、またすぐに空っぽになるよ。早く本当に望む幸せに辿り着いた方が良いと思うけど」

「わたしの行動に貴女が指図する権利なんてないでしょ」

「いやいや、ツバサの行動でボクの人生決まっちゃうんだから、口出しする権利くらいあるでしょ」

「例えあったとしても、わたしはそれを無視する。貴女の権限なんて一切気にせず、わたしがしたい様にするの」

「それ、人権侵害なんだけど」

「人間、目的の為には他の事に構っていられないんだよ。ナツメだってよく理解してるでしょ?」

「それは確かにそうだけど、こんな事して、ツバサは本当に幸せになれるっていうの?」

「何が幸せかなんて、ナツメが決めることじゃない。これはわたしのことなんだから」

「でも、ボクだってその事に関わってる。ボクの幸せだって考えたっていいじゃないか」

「さっきから煩いな。わたしは今すぐにでも貴女を殺せるんだよ? 少し黙ろうとか思わない訳?」

「じゃあ、殺せばいいじゃん。構わないよ。ボクはボクで次の世界で鍵を探すからさ。でも、ツバサには出来ないよね。だって、殺そうと思えば殺せるのに、未だにボクを生かしておいてるんだからさ。──本当は殺せないんじゃないの?」

「何を──」

「だって、そうでしょ? 無関係な他人はあんなに派手に大勢殺せたのに、見知った関係であるボク一人は殺せない。本当は怖くて殺せないんじゃないの?」

「そんな訳……」

「そんな訳無いって? そりゃ嘘でしょ。だったら殺してごらんよ。まあ、お優しいツバサには無理だろうけどね」

 ナツメはわたしを嘲笑った。

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