吟遊詩人シュトレンの過去
「オババさま、お久しぶりなの。あたし、元に戻ったの」
マカロンは白いローブの裾を持ち上げ、うれしげに報告する。
「おぉ、無事で、何より。蛙になったとは聞いており申したが、もしや、そこの男の口づけで治ったのかえ」
三日月の巫女ベルベットは目をほころばせながら、問いかける。
「そうなの。ダーリンに治してもらったの。ダーリン、魔女裁判で死罪になったの。それで逃げ出して、ここに来たの」
「ほう、なるほどそういう訳かえ。ぬしら、空腹とのこと。詳しい話は妾のところで食べながらするとよいわ」
「ありがとうなの。ではオババさまのところに出発なの!」
「すぐそばだから、はしゃがなくても、よいわ」
里の中をしばらく歩き、三日月の巫女の小さな祠へと辿り着いた。
「思ったよりこぢんまりとしたお住まいですね…」
シュトレンは幾分か腑に落ちない様子で尋ねた。
「隠者の住まいなど、こんなものよ。妾たちのような月の巫女は富貴栄耀は求めぬ。きれいは汚い、汚いはきれいというではないかえ」
祠の中に入り、玄関にあたる小さな部屋を抜けると地下へと続く階段が現れた。みんなで階段を降りると、ちょっとした集会ができるほどの大広間に出た。部屋には大きなテーブルとイスが置かれていた。
「子ヤギのシチューを煮込んでおったところじゃ。後はパンとサラダ、鶏の燻製、干し葡萄でいいかえ」
「うれしいの。みんな大好物なの」
マカロンは幼い子供のようにはしゃぐ。
「マカロン、フィナンシェ、少し手伝っておくれ」
「はい、なの」
「了解しましたわ」
「俺も手伝います」
「おぬしは顔色が悪い。そこで座って待っておれ」
シュトレンだけがイスに座って残った。魔女たちは炊事場に向かい、しばらくして仕度が終わり、テーブルにご馳走が並んだ。そして、シュトレンたちの会食が始まった。
「では、詳しい事情を聞こうかえ。」
コップに入った水を飲み干すと、赤髪のベルベットはシュトレンをまじまじと見た。
「では、生い立ちから。俺はプロセス村の羊飼いの子として生まれ、カッテージの街で吟遊詩人をしていました。街で歌っているところを召しだされ、伯爵のもとで歌うようになりました。領主であるロゲン伯爵は石のような堅物ですが、伯爵の息子ゼメルは骨董品に熱中して散財し、女より若い男を好み、従者として周りに侍らせていました」
シュトレンは静かに自らの生い立ちについて語り始めた。
「カッテージかえ。妾も昔、何度か行ったことがあるのう。伯爵の息子の噂も聞いたおぼえがあるぞえ」
赤髪のベルベットは両手を組み、過去の記憶を辿る。
「今でこそ髭面で男臭い俺ですが、伯爵の息子はナヨナヨした吟遊詩人である俺を愛人の列に加えようと企てました。俺がそれとなく断り続けると伯爵の息子ゼメルは逆上し、俺がゼメルを誘惑していると事実と反対の事をいい、教会に訴えました。男を惑わす男として魔女が化けているに違いないとして魔女裁判にかけられ、火あぶりになることになったのです。
牢屋に入れられていたのですが、ロゲン伯爵が病に倒れると伯爵の正室の子ゼメルと側室の子ホルンによる相続を巡る抗争が起こり、ドサクサにまぎれて、逃げ出したのです。カッテージの街から樹海までは荷馬車に忍び込み、乗り継ぎながら2日ほどかけてやってきました」
シュトレンは一気に語り終えた。
「この目は嘘は言っておらんようじゃな。盟神探湯をやるまでもないかえ」
三日月の巫女はシュトレンの目を見つめ、信用できる人物として評価した。
「ならば、新しい真実の口に手を入れさせたらいかがでしょうか。嘘つきは手を失います」
フィナンシェは意地悪く笑った。