魔女の隠れ里 クーヘン
「ダーリン、大丈夫なの。あっ、きちんと話すのこれが初めてなの。さっきの蛙はあたし、マカロンだったの。ダーリンのおかげで、呪いが解けて元に戻ったの。ありがとうなの」
マカロンが男の傍に駆け寄る。戦闘が終わり、男の足も元のように動き出した。
「ダーリンねぇ…。突然のことで、自己紹介もできなかったしな。僕の名前はシュトレン。魔女狩りに遭うまではカッテージの街で吟遊詩人をやってました。魔女裁判で死罪になりそうだったので、脱走して、この樹海まで落ち延びてきたのです。そちらの二人のやり取りの中でわかりにくいところがあるので、ここまでの話の流れを少し整理していいかな。マカロンさんは先程のヒキガエルで、呪いが解けて元の姿に戻り、ゴーレムを倒し、僕を救ってくれた魔女。そちらのフィナンシェさんが警備の方でゴーレムを操り僕を踏み潰そうとした魔女。二人とも魔女の隠れ里の住人。和解が成立し、僕を魔女の隠れ里に連れて行ってくれる。ここまでは合ってるかな。」
シュトレンは落ち着いた様子で自己紹介と状況の確認をした。
「マカロンでいいの。話の流れはそれで合ってるの。ダーリンとは早く里に帰ってじっくりお話がしたいの」
マカロンは喜びで目がキラキラと輝いている。
「会話が弾んでいるようで悪いのですが、この豆の木はどう致しましょう。花は綺麗ですけど、こんな大きな木が増殖したら厄介ですわ」
フィナンシェは巨木となった豆の木を困惑した表情で見上げる。
「増殖しないの。特殊な交配で作られた豆だから実はなるけど、芽は出ないの。この豆の木は1週間もすれば自然に枯れて、やがて土に還るの。でも、目立つから、早く枯れるように細工しておくの」
マカロンは少し悲しげに魔法の豆の木の生態について語った。
「それなら、安心ですわ。ところで、シュトレン、吟遊詩人なら物知りですわね。こんな謎かけがあるのですけど、わかりますかしら?服を着ないで、裸でもなく、馬にも車にも乗らず、道を歩かず道を通って、目的地まで行く方法。その方法で里まで連れて行って上げますわ」
「無理なの。できる訳ないの。約束が違うの。遠回しに里に来るな、と言っているようなものなの。」
マカロンは顔を赤くして怒った。
「大丈夫だよ。マカロン。僕、答え知っているから。とある王からこの問いを出題され、見事、答えて百姓の娘から王妃になった方がいる。そのときの模範解答。娘は服を脱いで裸になると、大きな漁網で全身を包み、次に網の先端をロバの尻尾に結びつけると、ロバに自分の体を引きずらせながら、目的地の城へとやって来た。フィナンシェさん、僕をまだ疑っているんだね。僕を裸にして持ち物検査、身体検査をして目隠しして、隠れ里までの道順を知られたくないということでしょう」
シュトレンは慎重に推理し、フィナンシェの意図を見抜いた。
「でも、ここには大きな漁網なければ、ロバもいないの。ロバに体を引きずられるなら体中、痣だらけなの。ドMの王妃様のマネなんかしなくていいの!」
マカロンはシュトレンの身を案じる。
「命題を服の問題と移動方法の問題の2つに分解して考えるんだ。服の問題は服以外のもので体を隠せれば何でもいい。麻袋、包帯、シーツ、葉っぱ、泥、等だ。移動方法の問題は歩かず、馬に乗らなければ何でもいい。転がる、這う、抱きかかえられる、背負われる、空を飛ぶ等だ。これらの答えの中から各組一つずつ選び出し、組み合わせればいい。先程、この近くで麻袋が捨ててあるのを見かけた。その麻袋の中に僕が入り、匍匐前進で隠れ里まで行けばいい」
シュトレンは頬に手を当て、自分の考えを告げた。
「模範解答で止めておけば可愛げがあるのに、他の回答までスラスラいうなんて嫌味な方ですわね。でも、這って来なくてもいいですわ。身体検査と目隠しさえしてくれれば、普通に歩いて構わないですわよ」
フィナンシェは少し不機嫌な感じで話した。
「身体検査はあたしがやるの。さっ、ダーリン、あの木陰で始めるの」
「もう、勝手にしなさい。どうせ、言っても聞かないんでしょうから」
フィナンシェはマカロンの身勝手な行動に呆れ返っている。シュトレンは検査が終わると目隠しされ、マカロンに手を引かれながら隠れ里に向かって歩き始めた。
小一時間ほど森の中を歩くとフィナンシェが声を上げた。
「着きましたわ。ここが魔女の隠れ里クーヘンですわ」
シュトレンがマカロンに目隠しを取ってもらうと、そこには星型と思われる城壁によって囲まれた砦が現れた。廃城に偽装するためか、城壁には茨が至るところに絡まり、遠目からは人が住んでいるようには見えない。入り口にある鉄扉も錆付いていて古めかしく、門番も見当たらない。