第3話
そこは研究室だ。中央にベッドがあり、風華が手足を拘束されている。
その周囲を、白衣の工作員たちが取り囲む。
デルベロスが前に出て口を開いた。
「さて……エンジェーマーのお嬢さん。この世に言い残すことはないかな? 解剖されたらもう命はないのだからな。」
ベッドの風華は、メガネの奥に不安を隠すようにして答えた。
「……死にはしないわ。誠さんが必ず助けてくれますもの。」
「フフフ…権大寺誠くんは地下牢でなすすべも無く口惜しがってるさ。」
デルベロスは、サディスティックに風華をあざ笑った。風華には、それを否定する根拠が無い。ただ信じることしかできない。
「……では、解剖を開始する。CTスキャンだけでは解けなかったエンジェーマーの謎がこれでわかるだろう。」
風華にメスが迫る。
「ちょっ……麻酔くらいはしてくれるんでしょうね!?」
「死ぬ奴に麻酔なんかせん。貧乏なN国では麻酔薬も貴重だからな。」
風華の顔に恐怖が走った。
そのとき。
ZDooooM!!
爆発音と共に壁が揺れ、バラバラと崩れた。
「な、なんだ!?」
驚いたデルベロスが振り向くと、漂う塵の向こうに、軍服を着てベレー帽をかぶった男たち……「構成員」の姿が見えた。全員がM16ライフルを構えている。
その先頭で、特にに体格の大きな男が不敵に笑っていた。
「き、貴様……『帝国同盟』のファシス大佐!」
帝国同盟……N国の工作員の跳梁に、政府による甘い対応など頼りにせず、自力で対処しようとした民間の秘密組織。……というと立派なようだが、実質は「復讐に燃えるテロリスト」だ。どっちもどっちな気はするが、デルベロスらN国工作員と激しく対立していた。
ファシス大佐は、勝利を確信したかのように言う。
「そのエンジェーマー、こちらに渡してもらおう。」
デルベロスが答える。
「エンジェーマーは究極兵器! なんとしても祖国に持ち帰る!」
「そんなことはさせん。構成員ども、やれ!」
帝国同盟の構成員たちが研究室に突入した。N国の工作員たちも応戦する。
これだけの人数が入るには充分な広さとは言えない研究室で、銃撃戦が始まった。間断なく銃声が鳴り響き、血しぶきが飛ぶ。
その真ん中では、風華がなすすべも無くベッドに横たわっている。
建物の外では、誠たちが壁際に隠れていた。激しい銃声が聞こえてくる。
「海美の作戦通り、『帝国同盟』に情報を漏洩してみたけど……かえってまずいことになっちゃったんじゃないか?」
「いいえ、この混乱に乗じて風華を助け出すの! エンジェマベアーならできるはず。」
誠は森枝の方へ視線を飛ばす。森枝はニコッと笑顔で答えた。紗奈がジト目で見ている。
針のムシロのような気持ちになりつつ、誠は森枝を抱き寄せた。
「あ…」
そして森枝の唇を舌で押し開き、空気も舌も吸い込んだ。乱暴なキスだったが、森枝の表情がしだいに恍惚としていき、そして、触れ続けている二人の唇から閃光が走った。
「アーミング!」
研究室では銃撃戦が終盤を迎えていた。おおぜいが室内で撃ち合ったため、N国の工作員にも帝国同盟の構成員にもかなりの犠牲者が出ていた。
もはや退き時か、と、どちらのリーダーも考えはじめていたとき。
装甲姿の人影が飛び込んできた。エンジェマ・ベアーだ。
「エンジェーマー!」
驚く一同の中で、風華だけが喜びの声を上げる。
「誠さん!」
エンジェマ・ベアーは、電流の走る拳で、工作員も構成員も無差別に叩きのめしていく。
ファシス大佐が決断した。
「生身の構成員ではエンジェーマーには勝てない……一時転進(=退却)!」
帝国同盟の構成員たちがサッと引き上げていく。同時に、デルベロスやN国工作員たちも逃げ散って行った。代わりに、海美に守られながら紗奈が入ってくる。
「風華!」
エンジェマ・ベアーが心配そうに駆け寄り戒めを解いて風華を抱き上げた。風華も、安堵の表情でエンジェマ・ベアーに激しく抱きついた。
と、音を立てて装甲が外れ、森枝の姿に戻った。森枝はちょっとやきもち顔だ。
風華は、ハッと気がついたように叫ぶ。
「誠さん、デルベロスが逃げます! アーミングして追跡しましょう!」
「よし。」
誠は、ベッドに腰掛けた風華の隣に座ると、じっとメガネの奥を覗きこんだ。誠の瞳を見返す風華の顔が上気してくる。
誠は、一気に風華の唇を奪った。思わず風華は誠の首に腕を回す。そして二人は…そのままベッドに倒れこんでしまった。
「ん…んっ…(はーと)」
しっかりと抱き締めあっての、必要以上に濃厚なキスだ。二人の、荒い息使いと微妙な指使いは、もはやキスというレベルを越え、着衣も乱れ始めていまにも次の段階に進みそうな勢いだった。
目に涙を溜め歯軋りしながら見つめてる紗奈に、森枝が問いかける。
「…怒らないの?」
「もう慣れたわ。」
やっとのように唇から白い閃光が走って、全身全霊で誠と抱き合っていた風華が、装甲となって誠の体を包み込んだ。
「アーミング!」
空。雲の間で太陽が照る下を、一機の大型ヘリが飛んで行く。
ヘリの中には工作員数名とデルベロスがいた。
「デルベロス様! 何か近づいてきます!」
「なに!?」
工作員の声に、デルベロスは身を乗り出した。
空を飛んで近づいて来る物体…それはエンジェマ・ホーク。風華とアーミングし、空中戦用の装甲を着けた誠だ。
「エンジェーマーだ! 撃墜しろ!」
ヘリの中があわただしくなった。
バルカン砲が持ち出され、へりが高速で旋回する。開いている扉から工作員が1人、空中に滑り出て、断末魔の悲鳴を上げながら落下して行った。
エンジェマ・ホークに向けてバルカン砲が火を吹く。無数の弾丸が宙を舞った。
だがエンジェマ・ホークには当たらない。ヘリの機動よりもすばやく、もはやジェット機に近い速度で飛んでいる。
必死に銃撃しながら、ヘリは逃走をはかった。その周囲を、隙を狙うようにエンジェマ・ホークが飛びまわる。
「風華、行くぞ!」
叫ぶと、装甲が誠の全身を締め付けた。まるで風華が
「ええ、行きます、私……誠さんと一緒に……行きますっ!」
…と、強く抱き締めてきたかのように。
ヘリとエンジェマホーク。ふたつの影が、太陽の光の中に溶けていく。
「カミカゼ・アタック!」
そして……
ヘリは大爆発した。
空中に広がる煙を背に、エンジェマ・ホークだけが戻ってきた。
砂浜に波が寄せている。誠を囲むように、紗奈、風華、森枝、海美たちが立っていた。
森枝がつぶやいた。
「ファシス大佐には逃げられちゃったけど…」
海美が続ける。
「N国の拠点をひとつ破壊できたし……大勝利、ね。」
そして風華が、誠の後ろから近づいた。
「……誠さん」
誠が振り向くと、風華は誠の胸に飛び込む。
「私、信じてました……きっと誠さんが助けてくれるって!」
嬉しそうに泣く風華を受け止め、髪を手で撫でながら、誠は優しく微笑んだ。が、泣き怒りの紗奈に気がつく。
「そういうのは私の役廻りのはずよ!」
「慣れたんじゃなかったの?」
「これはアーミングに不必要でしょっ!」
森枝のツッコミに紗奈は怒鳴って答えた。
風華は遠慮がちに誠から離れた。ちょっと名残惜しいが、紗奈の気持ちを考えればしかたない。
もはや、紗奈も気がついていた。風華、森枝、海美……この3人と、誠の間にあるだろう感情に。それを考えると気が狂いそうだ。
ただ、誠は紗奈のことを正式に彼女と認めている。他の3人には、あきらかにそれが無い。
その認識が、紗奈の激情を紙一枚の差で押しとどめた。
ハァ、ハァ、ハァ……荒れる息を整えながら、紗奈は海を睨んでいる。拳を握り締めて、寄せては返す波を睨みつける。そして静かにつぶやいた。
「誠……私、決めたわ。」
「紗奈?」
不安な空気が流れる。
「私……」
紗奈は、身を起こして、自分の拳を見つめながら力強く言い放った。
「私、誠と結婚する!」
「おぉおぉぉぉーーーっ!?」
一同が驚きの声をあげる中、紗奈はさらに続ける。
「そして誠のお父さんに、私専用のエンジェーマーを開発してもらうの! 三人のたくましい男性に、キスと引き換えで守られる私……ああんっ、なんて素敵な未来の生活っ (はーとはーとはーとっ)」
紗奈はすでに妄想の世界に入ってしまい、目をきらきらとさせて完全にうっとりした表情だ。
「さ、さ、さ、紗奈 あーっ!?」
あわてて叫ぶ誠の後ろで、風華と海美と森枝の3人が、呆れたり笑ったりしていた。
─── つづきません(汗)