第2話
紗奈と海美。そしてアーミングを解いた森枝と誠。4人が、地下道を先を急いでいた。
「つまり……エンジェーマーは父さんの研究成果なんだ。アーミング現象と言って、人の装甲になる力を持ってる特殊能力者なんだ、彼女たちは。」
誠の説明に、紗奈は不本意そうに応じる。
「そのアーミング現象とやらに、誠とのキスが必要ってこと?」
海美が答えた。
「粘膜接触で装甲化するエンジェーマーは、偶然に発見された現象なんです。」
森枝もため息をつきながら続ける。
「相性があって、特定の人にしか装甲化できないのよ~。私たちの場合は誠ちゃんにしか反応しないの。」
「ううっ……理屈はなんとか理解したけど、感情が……」
困り顔の紗奈を見て、誠はため息をつきながら心の中でつぶやく。
(その『相性』ってのが、恋愛感情に近い好意だなんてことは、言わないほうがいいだろうな、紗奈には……)
そのとき突然、ドドドドド……と遠くから響いてくる音が。
「この音は…海水!」
叫ぶ海美に、誠が応じる。
「海美! アーミングだ!」
「待ってました!」
「…………何を?(汗)」
一瞬引いた誠に対し、海美は輝くような笑顔を見せつづけている。
その後ろでは、目と歯を剥いて暴れ出しそうになってる紗奈を、森枝が苦笑しながら羽交い締めにしていた。
誠は紗奈に目で謝ってから、海美としっかりと抱き合って唇を重ねた。お互いに嫌いな相手ではない。誠は海美の、海美は誠の香りに動悸も呼吸も早くなり、接吻はどんどん濃厚になってゆく。
「ん……んんっ(はーと)」
海美の悩ましい声に耳をくすぐられ、紗奈は声にならない声を上げて、笑いをこらえる森枝の腕の中でもがいた。
「っっっ!! ーっ!!!(涙、涙、)」
「紗奈さん、おさえて、おさえて!」
ようやく…青い閃光が、二人の絡んだ舌から発した。「アーミング!」
海美が装甲となり、誠の体を覆った。
「エンジェマ・シャーク!」
さっきとは違う姿で装甲化した誠のすぐ後ろに、海水の壁が迫っていた。
エンジェマ・シャークが海水に満たされた地下道の中を飛ぶように進んでいく。
両腕には紗奈と森枝……その口に、エンジェマ・シャークの手が当てられている。手のひらを通して海水がろ過され、水中の酸素が紗奈や森枝の口に届いていた。
地下道を抜け、海へ出た。
すると、ここにも工作員たちがいた。
アクアラングをつけ、ショック銃や銛の銃を手に迫ってくる。
紗奈は恐怖に目をつぶった。
だが、所詮は人間の泳ぎ……エンジェマ・シャークのスピードには追いつけない。エンジェマ・シャークは工作員たちの間を縫うように抜け、夜の海上へ飛び出した。
V0000M!
水しぶきをあげて海上へ飛び出し、ゴミの打ち寄せている護岸に上がる。そして森枝と紗奈を抱えて、風の当たらない物陰へ隠した。
濡れてはいるが二人の無事を確認すると、エンジエマシャークはふたたび飛ぶように海の中へ戻っていった。
工作員たちが泳ぎながら近づいてくる。
「紗奈にも森枝にも、近寄らせない! 海美、頼むぞ!」
誠の体を包む装甲が、強く抱き絞めてくる海美のように感じられた。
エンジェマ・シャークは魚雷のような速度で水中を突進する。激しく波が立ち、工作員たちが翻弄されている。銛を撃って来た者もいたが、水流で流されてしまい命中しない。
「水中では不利だ!」
工作員たちはいまさらのように気がついたが、もう遅い。
エンジェマ・シャークは両手を突き出す。
「アクア・サイクロン!!」
その指先から激しい渦が発生する。渦は周囲の海水を巻き込んでどんどん大きくなる。すぐに、工作員たちのいる辺りの水も潮流に巻き込まれだした。
「まずい! 脱出……」
だが間に合わなかった。激しい水の流れが彼らを翻弄し、何度も何度も、海底に叩きつけた。
波間には失神した工作員たちが漂っている。
夜の岸に、水滴を散らしながらエンジェマ・シャークがあがってきた
「紗奈? 森枝?」
姿が見えない。エンジェマ・シャークは不安にかられる。その瞬間、胸の装甲が音を立てて外れた。パキッ、パキンと音を立てながら、腕や頭も装甲が外れていく。
そして閃光と共に、外れた装甲は、びしょ濡れの海美の姿に変わった。表情は不機嫌そうだ。
「海美……」
「ええ、いいの。私は誠くんにとって、水の中で役に立つだけの女でしかないんだから。」
海美の口調にはトゲがある。
「ちょっと待て、そんな言い方! 二人を心配するのは当たり前だろ!」
「わかってる! わかってるけど!」
ほとんど痴話ゲンカのような雰囲気だ。
そこへ、数m先の物陰から森枝の声が聞こえてきた。
「誠ちゃぁ~ん、こっちこっち!」
誠がそっちを見ると、
「見るなぁっ!」
紗奈の声とともに、穴のあいたバケツが飛んできて、ゴンッと音をたてて誠の顔面を直撃した。だから、二人のヌード姿を見れたのはほんの一瞬だけだった。
森絵と紗奈は、濡れた服を脱いで乾かしていた。誠も、目隠しをされて服を脱がされている。小さな焚き火が4人を照らしていた。
広げたシャツを乾かしながら、森枝がつぶやく。
「誠ちゃんになら、見られたってかまわないのに。」
「私がかまうんです!」
紗奈はご機嫌ナナメだ。そりゃそうだろう、彼氏が、3人の女ととっかえひっかえイチャつくところ(?)を見せつけられたのだ。しかも2人とはディープキスまで。
生物学的に言っても、自分のものである異性の独占権が犯されれば、自分の子孫の生存確率に悪影響が出る。そうすると抹殺されることになってしまう可能性の出た遺伝子は、奪おうとする奴や自分の信頼を裏切った異性に対しての殺意を人間に抱かせる。ある意味で、これは生き延びるための正当防衛と言えなくもない。恋愛がらみでの殺人事件は、北京原人の時代にすでにあったという痕跡も発見されている。
もっとも、現代では人間としての倫理が殺意を押しとどめる。紗奈の場合は急に非日常に投げ込まれたことの混乱もあって、まだ殺意までには達していないだけだ。
そんな紗奈の気持ちを知ってか知らずか、空気を読めない誠が説明を試みた。
「森枝のエンジェマ・ベアーは筋力を増強する格闘用装甲、海美のエンジェマ・シャークは水から酸素を透過する水中用装甲なんだ。」
紗奈は横目で誠を見る。
「ただ、装甲を着けてる間は、俺とその人が、身だけでなく心もひとつになってることが必要なんだ。」
ビクン、と、スカートの端を握っている紗奈の拳が震えた。
「それが、アーミングっていう現象なんだよ。」
紗奈がため息をつく。誠はそれを了解の意味に解釈した。
「わかってくれた?」
紗奈がもう一度、ため息をつく。
愛することとは、すべてを受け入れること。気に入らないことがあっても許すこと。それが愛、きっと愛、たぶん愛……。
「努力する……理解するように。」
紗奈は、搾り出すように答えた。誠は安心したように
「うん。頼むよ。」
その時。海美のポシェットから電子音がした。紗奈は反射的に
「電話?」
海美が取り出したのはたしかにケータイに似た機械だった。海美はその画面を見つめ、操作する。
「誠くんっ、発信機がやっと反応したわ。風華の居場所が……」
「なにっ!? すぐ助けに行こう!」
誠は生乾きのシャツを着はじめた。
そのとたん、森枝の顔が「ピン」と反応する。
「エンジェマ・ベアーが必要ね?」
「あ、うん。」
そして誠に擦り寄る。
「じや、また私の番~。うんと熱いの、ちょうだいね☆」
「あ、ちょっ……」
赤面する誠を見ながら海美が不満そうに紗奈に同意を求める。
「ずるいわよね。」
「そーゆー問題じゃないでしょっ!!」
紗奈はヤケクソ気味に怒鳴った。
(つづく)