第1話
紗奈は怒りに耐えていた。
ベンチに座ってこぶしを握り締め、肩を震わせ、目を伏せて、作り笑いを歪ませながら、湧き上がる感情を抑えている。
「あのね、誠。」
隣に座ってる誠は、紗奈との久しぶりのデートで機嫌がいい。
「なに、紗奈? ……あ、ああ。愛してるよ」
そこは、港が見える公園だった。
さわやかな風が二人を包んでいる。まあどうということはないただの若いカップルだ……紗奈とは反対側、ほんの50センチだけ誠の向こう側を見なければ。
誠はにこにことしているが、紗奈は必死に怒りを抑えながら続ける。
「私が言いたいのはそんなことじゃなくて…………」
「なに?」
紗奈は、バッと立ち上がり、誠を挟んで反対側に座っている人物を指差し、ついに絶叫した。
「どこの世界に、デートへ女連れで来る奴がいるのよっ!!」
そこには、紗奈と同年代の、メガネをかけたおとなしそうな女性が、慎み深い仕草で座っていたのだった。
「いや、風華は…」
口ごもる誠の機先を制して、風華が微笑む。
「私のことはどうかお気になさらず。」
「気にならないわけないでしょっ!!」
紗奈はふたりをにらみつけると、くるりと背を向けどんどん歩き出してしまった。
誠があわてて追いかける。風華も続く。
誠は、紗奈の後を追いながら必死に弁解した。
「しょうがないだろ、父さんの命令なんだから! …そりゃ、紗奈には悪いと思うけど。風華はボディガードなんだよ、僕と君の!」
「へえ~。女性に自分を守らせてんですか、誠くんは。」
紗奈はあからさまに不信の目を誠に向けた。
「だからそれは、やむを得ない事情が……」
「どんな事情だか!」
プンプンとしてる紗奈に、誠はため息をつきながら説明を試みる。
「あのさ、紗奈……俺の父さんは、ほら生物化学者だろ。」
「無名のね!」
「父さんの研究をねらってる奴がいるんだよ。テロリストとかが。」
紗奈はなんとも答えない。
「頼むよ……わかってくれ、紗奈。」
「そんなつくり話、信じろっての?」
風華も口を挟む。
「紗奈さん。信じても信じなくても真実なんです。」
「フン!」
だけど、感情的になってる紗奈はどうあっても納得しない。
そんな三人を、公園の外の通りにある引越し屋の2tトラックの中で、見張っているやつらがいた。
くすんだ色の作業服に、黒いマスクをかぶった男たち…「工作員」たちと、もう一人。特撮ヒーローものの悪の幹部、としか表現のしようがないど派手なカッコをした男、デルベロスだ。
「デルベロス様、やつらが公園から出てきます。」
「よし、出口で捕捉しろ」
最初に彼らのことに気がついたのは、風華だった。
「! 誠さん、来ます!」
だが、誠の反応は間に合わない。
いきなり、十数人の「工作員」たちが三人を取り囲んだ。手には、AK47やウージーなど、さまざまな銃器が構えられている。その後ろには、レフ板やカメラを持った「スタッフ」風の男たちが囲んでいた。
驚く三人に、デルベロスが歩み寄る。
「ふふふ……ガールフレンドを射殺されたくなければ大人しくしてもらおうか、権大寺誠くん」
紗奈は目を白黒させてパニック状態だ。
「な、な、な、なんなのよ、コレ? テレビの撮影?」
風華が誠に耳打ちする。
「誠さん、アーミングを!」
「紗奈の前で? イヤだよ!」
「しかし、それでは…!」
「何をこそこそ話している!!」
デルベロスが一喝。
紗奈も、ふたりの内緒話に気がついて振り向き、不愉快そうな視線を飛ばした。
2tトラックが高速道路を走っていく。
荷台には、3人が縛られて転がされていた。そしてデルベロスや、工作員たちも同乗し、3人を見張っている。
誠がつぶやいた。
「まさか白昼堂々と町中でしかけてくるとはな……」
「ふふふ……堂々とやる方がかえって疑われないものさ。誰もがあれを、TVの撮影だと思うはずだ。」
紗奈が驚いたように言う。
「撮影じゃないの?」
「見ろ、お嬢さんなどまだわかってない、ふふふ……」
どん!
誠と紗奈が放り込まれたのは、コンクリート打ちっぱなしの薄暗い地下室だ。小さな格子窓から以外、光は差し込まない。
「俺達をどうするつもりだ!」
「知れたことよ!」
デルベロスは尊大に胸を張る。
「一人息子の貴様を人質に権大寺博士をおびき出し、『祖国』へお連れするのだ。」
「親父がキサマらなんかに従うもんか!」
「それは試してみないとわからん。」
言い放つとデルベロスは風華を一瞥し、工作員に指示を出す。
「この女は研究室に!」
「はっ!」
工作員が風華を連行する。
「誠さん!」
「風華っ!」
ガシャーン!
呼び合う声もむなしく、扉が閉じられた。
口惜しそうに扉をにらみつけてる誠に、紗奈が問いかける。
「誠! これはいったいどういうこと!?」
「紗奈、落ち着いて聞いてくれ。俺達は、テロ国家・N国の工作員に拉致されたんだ。」
「えっ!?」
「N国工作員の目的は、俺達じゃなく父さんだ。父さんの研究『エンジェーマー』が目的なんだ。」
誠はこぶしで壁を叩く。
「こんなことが無いよう気を付けてたんだけど、まさか、あんな場所で…!。」
「それでボディガードがいたの? でも、役に立たなかったわね、あのひと。」
拳を壁に当てたまま、誠はつぶやいた。
「風華……大丈夫かな。」
やがて夜になった。無力感に囚われた二人が地下室でうずくまっていると、外からコン!という音が。気がついた誠が格子窓を見ると、二人の女性が覗き込んでいる。
「海美…森枝!」
「シッ!」
森枝と呼ばれた、ショートカットのボーイッシュな姉御が人差し指を唇に当てた。
「何やってるのよ誠ちゃん?」
「風華がついてたのにだらしないわね。」
もうひとり、ちょっときつい目つきの小柄な美人・海美も呆れたように言う。誠はうなだれた……一般的に言って、男は複数の女に一度に責められると、キレる以外には逆らいようがなくなるのだ。
「めんぼくない」
肩を落してる誠に向かって海美は続ける。
「すぐ森枝とアーミングして脱出を!」
「今、ここで!?」
驚く誠を尻目に森枝が鉄格子に顔を押し付けて、
「顔は届くわね、さあ、早く!」
誠は、気まずそうに紗奈をちらっと見た。
「?」
紗奈には意味がわからない。誠が言いにくそうに口を開く。
「紗奈、ちょっとの間、むこう向いててくれないか?」
「なんで? 何を始めるの?」
「紗奈にアーミングを見られたくないんだ。」
「嫌よ! もうここまで巻き込まれたんだもん、すべて知りたいわ!」
そんな会話に海美はイラついたのか、
「急がないと見張りが来るわ。誠くん、早く!」
誠もあきらめ顔となる。
「しかたないな… 騒ぐなよ、紗奈?」
紗奈の疑問顔は、誠の動きを見ているうちに、驚愕に、そして激怒に変わった。
鉄格子ごしに、誠と森枝がキスをしたのだ……それも、舌を絡めるかなりディープな。
「ちょっ……なっ、なっ、なっ、なっ、何やってんのよ、あんたたちぃッ…!!」
紗奈の絶叫が終わらないうちに、二人の唇から黄色い閃光が走った。
「アーミング!」
叫び声とともに、森枝は光の塊と化して誠を包む。0コンマ数秒後、誠はフルメタルの装甲をまとった「エンジェーマー(Ange-armar)」へと変身していた。
「エンジェマ・ベアー!」
「……誠!?」
CRASH!
エンジェマ・ベアーが金属製の扉を打ち破る。扉の向こう、見張り所でトランプをしていた工作員たちは、一斉に仰天した。
「な、何だ!?」
キィィィィ……破壊の跡に舞う埃の中で、エンジェマ・ベアーの目が光る。
「頼むぞ、森枝!」
誠を包む装甲が、ぐぐっと体を締め付けたような気がした。森枝が、頷きながら誠を強く抱きしめたかのように。
「エンジェーマーだ! 撃て!」
工作員たちはあわててサブマシンガンを発砲する。だが、エンジェマ・ベアーはサブマシンガンから放たれる拳銃弾など物ともしない。
くわっ! と目を光らせると、こぶしから雷撃を走らせた。
「サンダー・ショット!」
殴られた工作員たちが打撃と感電のダブルショックで、次々と気を失っていく。全員が倒れたところで、紗奈が扉から顔を出した。
「ま、誠、…大丈夫?」
エンジェマ・ベアーが振り返る。
「脱出して風華を助けよう!」
(つづく)