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「クラスメイトの水嶋さんって子が可愛いんだけどさ」

作者: 梅酒わいん
掲載日:2026/09/29

「クラスメイトの水嶋さんって子が可愛いんだけどさ」


 来週に夏休みを控えた、うだるような熱帯夜の金曜。

 冷房を全開にした俺の部屋のベッドを、勝手に占拠している妹の莉奈に話しかけた。


「水嶋先輩がどうしたのお兄ちゃん。なんかやらかした? それともまた思い込み?

 お兄ちゃんは結構突っ走るからなー。で、恋愛相談か何か?」


 莉奈は漫画を読みながら、俺のベッドでゴロゴロと寝転がり会話に答えてくれた。

 雑な話題振りでも、結構話を返してくれる優しい自慢の妹だ。


「クラスで人気がある子なんだけど、なんだか避けられてるんだよね」

「んん? そんな話は聞いたことないな。変な絡み方でもしたの?」

「いや、そんなおかしい絡みをした記憶はないよ。

 荷物運んであげたり、班とか係とかが一緒になったりする程度かな?」

「それ結構絡んでる気がする。で、水嶋先輩のことをお兄ちゃんはどう思ってるの?」


 莉奈は俺の人物評に興味津々のようだ。


「そうだな。とにかく性格が良くて穏やか。勤勉で親切。丁寧で礼儀正しくて上品。

 花に例えるなら、えーと、うーんと。たんぽぽ?」

「花の知識がなさ過ぎじゃない? なんで例えたの。水仙とかもっとあるでしょ」

「いや、花みたいだなと思ってね。派手じゃないけど咲いてて綺麗だなーってタイプ。

 あとはとにかく目が綺麗でさ。ずっと見ていたいんだけど視線が合わないんだよね」


 水嶋さんの紅潮した可愛らしい顔を思い出しながら考えた。

 前髪で少し隠した奥の瞳が、すごくキラキラしてて綺麗なんだよな。


「おっと、性癖の開示? 本気だね。お兄ちゃん硝子細工とか好きだもんね」

「硝子が特集展示されてる美術館で一日時間潰せる自信がある。見たいんだけどね」


 俺の話を聞いている間に莉奈はスマホをポチポチ動かしていた。

 あれ? マイシスター俺の話を真面目に聞いてないな?


「で、避けられてる理由が知りたい、と。いいじゃん、ついに春が来たね~」

「来たのは夏だけどな。冷房効かせても暑っちぃわ」

「そうだねー」


 莉奈は俺の枕をクッション代わりに抱きかかえ、スマホをポチポチ動かし生返事した。

 こりゃ聞いてないな。まぁ俺の方も思いつきの雑談に近いからな。


「うーん。おっけー。お兄ちゃん。明日今年の水着買いに行くから付き合って」

「突然過ぎる話題転換だな。明日も熱暑日だし家でゲームする予定だったんだが」

「そんなもん予定でもなんでも無いでしょ。荷物持ちに付き合ってよ。いいじゃーん」


 ベッドの上でゴロゴロと転がりながら妹は喚いた。


「まあ良いけどさ、金は出さないぞ。まだバイト代出てないから金欠なんだ」

「お母さんから一万円を拝領してますんで、出してもらう必要ないですぅ~」

「妹贔屓だ! 俺なんか貰ったの二千円だけだぞ!」

「貰ってんじゃん。女の子の水着はお金がかかるの。わかってらっしゃる?

 じゃ、明日朝から行くからね!」


 両手の人差し指を向けて、おどけながら妹は俺をからかった。かわいい。



 *



「んー。遅れちゃったか。まぁ一時間くらいかな?」

「何がだよ」

「こっちの話、”今出た”っと」


 莉奈は電車に座りながら、ぽちぽちとスマホを弄り、誰かと連絡していた。

 夏休み前のクソ蒸し暑い土曜日に、妹相手にデートだ。まあ悪くない。


「部活の先輩とやり取りしてんの」

「これから遊ぶつもりなのか? もしかすると彼氏?」

「いや女の子だよ。すごく仲良いけど、今日は遊ぶつもりはないかなー」


 疑問に思いつつ電車に揺られ、三駅ほど先の大型ハブ駅まで出向いていた。


「あそこだよー。水着専門店があるんだー」

「入ったことねぇビルだなぁ……」

「そりゃそうでしょ。ほぼ女の子向けのお店しか無いからね」


 莉奈に手を引かれながら女性向けの店舗が多いファッションビルに到達。

 エスカレーターを使い、水着専門店があるフロアへ流されるように移動した。

 ここに来るまでに、直射日光と湿気、そして熱風が直撃し身体が火照っている。

 服に汗が張り付いて少し気持ち悪い。強めの冷房が汗を刺激し、冷たく肌を震わせた。


 道中日傘を差し、長い髪の毛を靡かせながらも妹君は涼しげなままだ。

 俺に可愛らしいカバンを持たせて、軽やかな足取りでご機嫌に歩いている。

 しかし楽しそうだな。なんか今日は良いことあるのかね。


 ビルの一角を占有していた水着専門店の品揃えは豊富であり、お客さんは多かった。

 明らかに女性向けのポップな店構えの店舗で、店員もファッショナブルな女性のみだ。

 男性客は極端に少なく、空間ごと野郎を拒絶したような居心地の悪い世界だった。

 いや、男性用水着も売ってるんだけどさ。スペースの一角に雑にポン置きしてるよね。

 店員の視線から逃げるように、カラフルで清涼感のある品々を眺めて、驚愕した。


「高ッ! 五千円を下回っている水着が一切ないんだけど!」

「ブランドものよりマシだよ。渋沢先生の力をもってしても買えないからね」

「なんてこった。これがインフレの現実! 不況の波がこんな水着売り場にも……!」

「単純に上下セットだから男の子向けの二倍くらいするってだけなんだけどね」


 そりゃそうですよね。自明の理だった。

 経済のこと何もわからないのに適当にインフレとか不況とか言っちゃった。ハズカシ。

 女性用は布が厚手だったりワイヤーとかあったりで高めになるらしい。

 渡された水着を触り、パッドが意外に分厚くて、クッション性の高さに驚く。

 あと触ってはならない箇所に触れている気分になり、すっげーエロかった。


「誰に見せるために買うんだ? 彼氏とか居たっけ」

「居たことないよ。遊ぶためだから好きなものを選ぶ。お兄ちゃん、これとかどう?」


「うんうん。カワイインジャナイノ?」

「生返事~。もう少し興味持って欲しいな」

「俺のセンスで決めても九割ダサいって却下するだろ。心理的なコストカットだよ」

「そんなんじゃ彼女出来たときに振られるよ~」

「彼女相手にするわけねーじゃん。居たことないけどさ」


 俺は人生で彼女が出来たことがないピュアボーイなのだ。ユニコーンにも乗れるぜ。


「それじゃ困るんだけどなぁ。私的には超合格なんだよね~」

「何の話?」


 その問いに莉奈はさっぱり答えなかった。



 *



「うん。これね。はいはい、お兄ちゃんはこんなのが好きなのね」


 かなり俺の好みが反映された水着を含めて、莉奈は四点ほどチョイスした。

 あまり莉奈に似合っているかはわからないが、俺は上品なものが好きだ。


「あんまりお前に似合わないタイプじゃないか。もう少し可愛い系が好きだろ」

「いいのいいの。お兄ちゃんの好みが重要なんだから。さー、試着室行くよ~」

「はいはい。そういえば水着の試着って汚くない?」

「下着の上から着るに決まってるじゃん、バカなの?」

「はい。仰るとおりです……バカでアホで無知で無学で軽率で考えなしのクズです……」

「そこまでは貶してないんだけど?」


 三つある更衣室の一番奥で、我が家の暴君が着替え始めた。


 暇な時間だ。手持ち無沙汰になった俺はスマホを弄りながら待った。

 店員さんや他のお客さんの視線が、なんでこの場に居るのだと指摘している気がする。

 男水着なんか、近所のスーパーの店舗二階にあるセール品で充分だ。

 だからここに陣取っているのは、彼女の買い物につきあわされた彼氏くらいだろ。

 童貞には辛い環境だ。魂がスリップダメージですり減る。

 早く試着終わって選んでくれねえかな。そう思い、俺は妙に長い時間を潰していった。


 ぴろりん、と莉奈のスマホの着信音が鳴ったのが契機だった。


「あ、やっと来た」

「うん? 何が?」


 そして、妹の可愛い手が更衣室からニュルッと出て、水着を渡された。

 それは俺が好みだけで選んだイチオシの水着だな。


「お兄ちゃん、これサイズ合わないや。同じやつの二つ上のサイズで持ってきて」

「え? これお前のサイズだろ。二つは流石に盛りすぎ」

「盛ってないわ。いいの、他はサイズぴったりだからさ、それだけ探して」

「へいへーい。承知致した。ちょっと待っとれ」


 俺は水着を受け取り、売り場へと戻った。

 気軽に受け持ったが、片手に女性用水着を持った俺の不審者度が爆増した気がする。

 行動は迅速に! 誰にも見られず任務を遂行する! 即断即決だ!


 そうして莉奈と通ったルートを思い出しながら逆走し、手に持った水着を探した。

 どーこだっけな。全部の水着を見る羽目になったからな。


「見つかんねぇ。どこだよ」

「あ、あの! 桐生君!」


 棚を見ている間に、背後から俺の名字を呼ばれた。聞いたことがある声だ。



 振り向くと、夏の白いワンピース姿をした水嶋さんがそこに居た。



「……水嶋さん?」

「はっ、はい、そうです。おはようございます桐生君。同じクラスの水嶋です!

 き、奇遇ですね。お休みの日に桐生君に会えるなんて思いませんでした」


 水着専門店なんてピンポイントな場所で、水嶋さんと遭遇してしまった。

 ちょっと火照ったような顔をした水嶋さんは、髪を弄りながら目を合わせずに言った。

 俺の胸元程度の背丈で、肩幅は小さくちょこんと佇んでいた。仕草はまるで小動物だ。

 外の暑さにやられたのかな。耳とか頬とか赤いし汗ばんでるな。冷房で涼んで欲しい。


「桐生君は、何をしてらっしゃるんですか……?」


 話題に困ったように、でも口元を緩ませてなんとか会話をしようと努力していた。

 斜め下に目を逸らしながら、探り探りで考えて喋っているのだろう。見たいのに。

 突然変なところで出会った、仲良くないクラスメイト相手にも優しいね。女神かな。


「妹の買い物につきあわされてね。水嶋さん、この水着見なかった?」

「えっと、すみません。まだ来たばかりで……」

「おおっと。そりゃ失礼。うちの妹が試着中でさ。大きいのが欲しいってね」

「なら! 一緒に探しましょう、か!?」


 相変わらず水嶋さんのリアクションが大きい。

 普段はそうでもないんだが、俺と一緒の時は何故か声が大きい気がするんだよな。

 クラスメイト相手の穏やかな声はあまり聞けていない。なんでだろう。 


「ああ、助かる。いや、俺が選んだからすぐ見つかるはずなんだけど」

「桐生君が選んだんです?」

「うん。四着くらい選んだんだけど、コレはマジで俺の好み。妹には合わないけどね」

「へえ。へえええー! い、良い水着ですね!」


 水嶋さんの目が、俺の選んだ水着で釘付けになっている。やっぱり可愛いよねこれ。


「お兄ちゃん、遅い。あ。来た」


 莉奈が着替え直して、更衣室から出てきていた。


「おいおい俺が探してる途中だったろうよ」

「あ、居た。莉奈ちゃんおはよう」


 莉奈への水嶋さんの反応は、下の名前で呼ぶほどの親密なものだった。


「うん? 水嶋さんと知り合い?」

「部活の先輩だよ。ずっと言ってるじゃん先輩って」


 淡々と答えた。ああ、そういうことね。忘れたが文化系の部活に所属していたな。

 真面目にやってる印象はなかったが、部活動で水嶋さんと交友があったのか。


「お兄ちゃん、水嶋先輩の水着、一緒に選んであげなよ。私はクールに去るからさ」

「お前が選んであげろよ。先輩なんだろ? あと水嶋さんも俺と一緒じゃ迷惑でしょ」

「ああ、いえ! 私も男性の目線からご指摘頂きたいと思ってましたので! 是非!」


 おっと結構乗り気だな。こりゃ落としたい男の子が居るのかな。幸せ者だな~。


「コイツマジか」

 妹よ。心を読むのはやめなさい。


「声に出てるよ。水嶋先輩。うちの兄のイチオシはこの水着らしいですよ。どーです?」


 俺が選んだ水着を指さして言った。莉奈の印象や体型に合わないと思っていたものだ。

 意図したものではなかったが、確かに水嶋さんの上品さにマッチしていた。


「ええ!? えっと? 莉奈ちゃん???」


 動揺する水嶋さんの慌てた姿に嗜虐心を覚えた。追撃しておこう。


「水嶋さんが着るなら、すごく似合ってて可愛いと思うよ」

「買います!!!」


 即決した水嶋さんのことがすごく心配になった。悪い男に騙されそうで危ないな。

 大丈夫かな。変なやつに引っかからないでね。


「コイツマジか」

 なんのことかよくわからないよ、マイシスター。



 *



「じゃ。私はカフェ行ってぶらぶらしてくるから。あとはご両人、ごゆっくり~」

 愛しの妹君は全然俺の意見を参考にせずに、自分で選んだ水着を買って去っていった。


 残された俺と水嶋さんは、少しの間無言のときを過ごした。

 斜め下を向いて目を合わせようとしない水嶋さんは、しかし離れようとしなかった。


「水嶋さん、つき合わせちゃってごめんね? 楽しくないでしょ」

「いえいえいえ、そんなことないんで! すごく楽しいので! 大丈夫です!」


 性格が善良過ぎる。さぞや心が美しいのだろう。この心が淀まぬように守らねば。


「お昼前だし、何か食べに行く? 水嶋さんの予定次第なんだけど」

「今日は何の予定もないので、ご一緒させていただきます! どこにでも行きます!」


 お、おう。テンションが本当に高いな。水嶋さんのことがよくわからない。

 俺と一緒にいるときは、勢いと反射だけで喋るんだよね。


 うーん。どこへ行こうかな。一旦スマホでランチの候補を探ろうとした。

 ファストフードやファミレスに連れて行くのもなんか悪いな……

 そう思って調べ始めたときに、水嶋さんが俺を強く見ながら、話を切り出した。


「あ、あの! 夏休み! 夏休みなんですけど!」

「うん、来週からだね。どうしたの?」


 反応した俺の目から逃げるように、勢いよく目を横に逸らした。見たいのに。

 水嶋さんは頬を染め指をもじもじと絡め、俺の腹部あたりに目線を移動して囁いた。


「一緒に、プールに、行きませんか」


 顔を赤く染めながら視線を右往左往させている。かわいいな。

 サイドバッグからは先ほど購入した水着の袋が見えている。

 流石に、俺も鈍感ってわけじゃない。

 直接のお誘いは大変嬉しく思うし、ここで断るほど野暮な男じゃない。

 だけど、なぁ。


「非常に残念なんだが……」


「そう、ですか……すみません……」


 水嶋さんの目線が床を向き、声がどんどん小さくなっていった。


「いや、そうじゃなくて。去年まで履いてた水着が破れちゃってさ。

 履いていくものがないのよ。だから一緒に選びに午後も付き合ってくれない?」


 俺の言葉を咀嚼して、ようやく目を合わせた水嶋さんは、力強く答えた。


「はい!」


 それは夏の暑さを吹き飛ばす、輝く向日葵のような満面の笑みだった。



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