対立
思いがけず沢山の方に読んで頂けて嬉しいです。前回の続きです。よろしくお願いします。
社長、舟木翔は、ずっとこのままで良いと思っていた。
仕事もある。家族にも恵まれた。
特にやりたいことがなかったら、会社を継ぐことに抵抗がなかった。
先代たちが基盤を築いていたから、
引き継いだ時から経営は安定していた。
ほんの少し、令和のカルチャーを取り入れるだけで良かった。
あの日までは…。
翔の家は、4階建ての二世帯住宅で、
1・2階は両親の舟木省吾と幸が住み、
3・4階に翔とその家族が暮らしている。
翔の家族は、同い年の妻と中学生の息子、小学生の娘の4人家族だ。
休日の午後、翔は1階のリビングの扉を開けると、
父・省吾が一人で読書に没頭しているのが見えた。
翔は少し躊躇いながらも、父に声をかけた。
「……障がい者雇用のこと、なんで黙ってたんだよ」
省吾は本から目を上げず、老眼鏡を指で押し上げた。
「わざわざ言うことか。今まで通り、金を払えば済む話だ」
「金で解決、か」 翔の言葉に、省吾はようやく顔を上げた。
「それが経営だ。大企業のような余裕はうちにはない。
社員とその家族を路頭に迷わせないことが経営者の責務だろ」
父の言葉は、重く、鋭い矢となって翔に突き刺さる。
口の中に、あの日飲んだぬるいビールの苦みがじわりと広がった。
「ユニークな人材を路頭に迷わせない社員として迎えたい」
「どうした?学生みたいなこと言い出して。綺麗事言う歳でもないだろ」
「綺麗事じゃない。……罪滅ぼしだよ、これは」
その一言に、リビングの空気が止まった。
「……罪滅ぼしだと?」
「会社は潰さない。……でも、やり方は俺が決める。
今日、話したのは筋を通したかったからだ」
言い捨てて部屋を出る翔の背中に、父の「待て!」という怒声が飛ぶ。
階段を駆け上がる翔は、まるで正論という矢を背中に受けた落ち武者のような心地だった。
それでも、止まるわけにはいかない。 「安定」で塗り固められた世界に、
今の翔の居場所はなかった。
自室に逃げ込み、明かりもつけずにベッドへ倒れ込む。
暗闇に目が慣れるよりも早く、瞼の裏にあの夜の光景が焼き付くように浮かび上がった。
倉田の出口のない不安を抱えた眼差し。
そして、何も言い返さない迷彩君の顔も。
帽子を踏んでしまった足は焼印をおされたかのように熱い。
損得を天秤にかける余裕なんてない。
ただ、このまま何もしない自分を許してしまえば、自分の人生そのものが、
足元から砂のように崩れ去ってしまう。
そんな恐怖が、冬の夜の外気よりも冷たく翔を突き動かしていた。
あの日も、今日みたいに底冷えする夜だった。
貴重なお時間を頂きありがとうございます。




