相手も自分も大切に
親子の距離感は本当に難しい。
世間の厳しさを知っている親は先回りして守ってあげたくなる
子はいつか社会の中で生きていかないといけない
親以外の誰かに助けてもらいながら…。
なんてことを思いながら書きました。読んで頂けたら幸いです。
そして、よかったら感想お願いいたします。
佳純の家、キッチン。
ハーブティーの香りが空間を覆っていた。
感覚過敏を持つ佳純にとって、ハーブの香りは癒しではない。
むしろ、痛みを伴う武器のようなアイテムだ。
しかし、佳純はマスクをして、自らハーブティーを淹れた。
母、千代子に飲んでもらうために。
体育館に千代子が乗り込んできて以来、
佳純と千代子の間に、重く、淀んだ空気が流れていた。
自分は苦手な香りだが、千代子の好きなハーブの香りが、
この気まずさを溶かしてくれたらと、佳純は願わずにはいられなかった。
「お母さんが好きなハーブティー淹れたの。飲んで」
佳純が、洗濯物を畳んでいた千代子がいるダイニングにカップを運ぶと、
千代子は驚いて手を止めた。
「佳純、匂いは大丈夫なの?ティーバッグの場所、どうして分かったの」
「私、鼻が良いの。犬みたいに」
「ごめんね。もう、家にはおかない」
「いいから、飲んでよ」
千代子は、ハーブティーをゆっくり一口飲んだ。
「おいしい。ありがとう」
佳純は千代子が落ち着いたのを確かめて、本題に触れる。
「お母さん、もう……あんなみっともないこと、しないでね」
佳純は、静かに、しかし決意を込めてお願いした。
千代子は、佳純が言う「あんなみっともないこと」が、
先日の出来事を指すことが分かっていたが、
それを「みっともない」と認めることは、どうしてもできなかった。
「お母さんは佳純を守るために……だって、倫心ちゃんに勧められたから、
検査を受けることにしたんでしょ?」千代子は、冷静に自分の行動を正当化する。
「そんなこと言ってない」
「倫心ちゃんが障がい者雇用の担当になったって言ったじゃない」
「私が言ったのは……ツグちゃんの話を聞いていたら……
家族以外にも……助けてくれる人がいるかもしれないって思えたって言ったの……」
「……助けてくれる人……。でも、見る目が変わる人もいるわ」
「……病院予約した時に、幼少期のことを知りたいから
できればご家族の方も一緒にって言われたけど……
お母さんが嫌だったら無理しなくても良いよ」
「そう……だったら、私は行かない」
「分かった。お母さんはもうがまんしなくて良い**」
「え?」
「お母さん、今まで私の代わりに沢山謝ってくれてありがとう。
トラブルばかりで気が気じゃなかったよね。
迷子になった時に見つけてくれてありがとう。
忘れ物を届けてくれてありがとう。
小学生の頃は集団登校出来ない私を毎日学校まで送ってくれたよね。
ありがとう。感謝している」
「佳純……」
「空気が読めない私でも……お母さんが私の為に一生懸命だったことは分かる。
これからはどうしたら社会の中で生きていけるか考えていこうと思う。
自分のことを知って、頑張って、自分じゃ出来ないことは誰か助けてもらって。
お母さんも本当は分かってたよね?」
千代子は、見ないようにしていた真実を佳純本人から突かれて、言葉を失う。
「これからはもっと自分を大切にして。『タイに行って』なんて言い方しちゃったけど、
お母さんがしたいようにすればいいし……」
「…………」
「お父さんに連絡しておくよ。病院はお父さんと行くね」
静かに告げて、佳純は自室へ向かった。
千代子の心に、目に、佳純の言葉が水のように沁み渡る。
ハーブティーで落ち着こうとカップを手にとる。
佳純の想いが詰まったハーブの香りが、今度は鼻の奥から痛みを伴って沁みる。
体中の力が抜け、滝のように涙が流れ出た。
千代子の脳裏に、佳純との日々が万華鏡のように、形を変えながら映し出された。
本当は分かっていた。
佳純に見透かされてたなんて…。
子供の頃から匂いに過敏で、
パニックを起こしていた。
体育の時間に足並みを揃えて歩くこと。
お友達が傷つくことは言わないこと。
忘れものをしないように気を付けること。
道具箱を片づけること。
佳純は、他の子と同じようには出来なかった。
トラブルを起こす度に謝りに行って、相手の子、親御さんに頭を下げた。
忘れ物を届けに学校に走った。
学校から「お子さんがパニックになっている」と連絡が来る度に
急いで迎えにいった。
親だから当然だ。
佳純に**「変わった子」**というレッテルを貼らせないために、
出来ることはすべてした。
この先、佳純は社会の中で…。
その社会は、佳純を受け入れてくれるだろうか。
多様性、多様性と世間は謳う。
しかし、多様な考えを認めていくということは、
差別や偏見を持つ人も認めていかなければいけないということだ。
より複雑になっている社会で、佳純は生きていかないといけない。
親がしてあげられることには限界がある。それも分かっている。
働かせてあげることは、親にはできない。
佳純が働いていかないといけない。
学校の先生にも近所の子の親御さんにも
「相手の気持ちを考えて下さい」と注意を受けてきた娘が、
母のために苦手なハーブティーを淹れることが出来る大人になった……。
それだけで、もう、十分すぎるのかもしれない。
親と子の間に「自分」を挟んでこなかったから
程よい距離感ではなくなってしまったのかもしれない
佳純の言う通り、誰かのせいにして
みっともなかった…。
千代子はスマホで『タイ語講座』を検索した。
動画を再生し、講師の単語発音に合わせて
自分も声を出す。
今まで知らなかった言葉を覚える。
言葉を覚えたらこれから出会う人と話せるようになるかもしれない…。
佳純も何が出来て、何が苦手なのか
自分のことを知ったら
世界が広がるかもしれない…。
今は佳純の選択を見守って
転んだら助けにいけばいい…。
千代子は、ハーブティーを、一気に飲み干した。
とっくに冷めてしまっていたのに体中が温かくなった。
視界が広がった気がした。
セーリングプリント株式会社、人事室。
倫心と田中は求人の準備をしていた。
北岡の勤怠が安定したので
次の障がい者社員の募集を始めるのだ。
読んで頂きありがとうございます。
この物語は共生社会を目指して頑張っている方々に届けたいと思って書いています。
感想、ダメ出しなんでも承ります。
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よろしくお願いいたします。




