執事絶句! 王子絶叫! 銀髪美女は砲弾投げ返す!
翌日。
午前の公務を終えた渚は、ふと中庭に足を運んでいた。
若い兵士たちが訓練に励み、掛け声と木剣の打ち合う音が響いている。
「……活気があって、よろしいこと」
渚は柔らかく微笑み、足を止めた。
気づいた兵士の一人が慌てて頭を下げる。
「な、渚様! 王子様の専属に就かれたと……!」
「ええ。けれど今は休憩中。……もしよければ、少し混ぜていただけませんか?」
「えっ!? し、しかし……」
「遠慮は要りません。私も身体を動かしたいのです」
押しの強さと穏やかさを兼ねた声に、兵士たちは顔を見合わせ、恐る恐る頷いた。
開始の合図。
兵士が木剣を振りかざし、渚へ飛びかかる。
だが――
「……ふわり」
渚は軽く身をひねり、触れるか触れないかの指先で相手の手首を制する。
次の瞬間には、兵士は地面に寝かされていた。
「一本」
乱れぬ息で告げる声。兵士たちの顔が引きつる。
そこからは惨劇だった。
剣を振れば流れるような体さばきで無力化され、
突けば逆に腕を絡め取られ、
背後から組んでも重心を奪われ転がされる。
「ま、参った……!」
「誰も、一撃も当てられない……!」
次々と土に倒れる兵士。
渚は武器を取らず、ただ優雅に舞うように動き続けた。
最後の一人を軽く投げ飛ばすと、渚は一礼して言う。
「皆さま、立派でした。――けれど力だけではなく、心の糸の動きも大切になさって」
そう言い残し、散歩の続きをするように歩み去る。
呆然と立ち尽くす兵士たち。誰もが悟った。
(あのお方……王子様の“専属メイド”なんかじゃない……! 王城最強の護衛だ……!)
そこへ――。
「……これは、一体……」
低い声。振り返ると、執事ギルバートが立ち尽くしていた。
口は半開き、目はまん丸。完璧な仮面が崩れ落ちている。
「兵士二十人を……素手で、全勝……?」
彼は珍しく、言葉を失っていた。
その場に居合わせてしまった“王子姿”の俺。
思わず素の倫太郎として叫びそうになる。
「え、ええええ!? 渚強すぎ――」
(やばっ! これ言ったら即バレじゃん!)
声が喉で詰まった、その瞬間――
「ア、アレクシス様っ!」
侍女ミラが駆け寄り、慌てて叫ぶ。
「たいへんです! お召し物に“忘れ物”がございました! さあ、こちらへ!」
「え、えぇ!? 忘れ物!?」
意味は分からないが、彼女の必死な目に押され、俺は反射的に立ち上がる。
「し、失礼! 余は急用である!」
そう叫び、ミラと共に走り去った。
残されたギルバートはなおも渚を見つめ、呟く。
「……あの御方はいったい、何者なのだ……」
一方その裏手。
走り抜けてきた俺とミラは、肩で息をしながら顔を見合わせる。
「ミラ……! 助かったよ! 危なかった……!」
「は、はいっ……! なんだか、危機感を感じまして……!」
二人はどっと笑みを漏らした。
――正体露見の危機は、ミラの咄嗟のウソで乗り越えられたのだった。
翌日の報
城の執務室。
ギルバートが蒼白な顔で報告書を抱えてきた。
「……アレクシス様。隣国との国境で、駐屯していた敵部隊が壊滅したとの報が入りました」
「壊滅? いきなりどうしたの?」
「はっ。大砲を用いた侵攻を試みたところ……砲弾が“全て逆方向に飛来”し、自軍に直撃したそうでございます」
「…………は?」
思わず素の倫太郎として声が漏れる。
「兵士たちは恐慌状態となり、砲兵隊は全滅。詳細は不明ですが……残された証言によれば、“空から光が走り、砲弾が弾き返された”とのこと」
(……あ。昨日、渚が中庭で“どこからともなく飛んできた鉄の塊”を片手で掴んで、ポーンって投げてた……あれだ……!)
倫太郎は額を押さえた。
「(……まさか、あれ……隣国の砲弾……!?)」
渚はお茶を注ぎながら、穏やかに微笑んでいる。
「昨日は、少々不格好な物が飛んでまいりましたので。邪魔でしたから、外へ戻しただけですよ」
「戻しただけって……その“戻した”で一国の砲兵隊が全滅してるんですけど!?」
心の中で絶叫する倫太郎。
ギルバートは蒼ざめた顔で震えていた。
「……アレクシス様。専属にされた“渚様”とは……一体……」
倫太郎は必死に笑顔を作る。
「い、いやぁ……余の専属は有能でな……? ははは……」
(やばい……渚が“最強護衛”どころか、“国家戦略兵器”扱いになりつつある……!)