表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

心の糸と、朝餉の余韻

翌朝。

目を覚ました俺は、強い空腹感とともに、無性にあるものが恋しくなった。


「……白米。味噌汁。焼き魚……」


異世界の豪華な料理も悪くはない。

だが、どれも濃厚で香辛料が強く、朝には少々重たい。

それに比べて、日本の“しみじみ”とした朝食――あれを、もう一度味わいたかった。


「……よし、決めた」


俺は玉座のような椅子にふんぞり返り、わざと王子らしく声を張る。


「ギルバート! 本日の朝餉はこの部屋でとる! 厨房には渚を遣わすゆえ、余の意を汲んで支度せよ!」


唐突な命令に、ギルバートはいつものごとく眉間に皺を寄せる。

だが反論せず、一礼して応じた。


「……御意に」



渚は静かに厨房へ向かう。

「王子様のお食事を、わたくしに……?」

最初こそ料理人たちは戸惑ったが、彼女の落ち着いた佇まいと的確な指示に、次第に口を挟めなくなっていった。


彼女が使ったのは、この世界にある身近な食材。

大麦を研いで小鍋で炊き、豆に似た実をすりつぶして味噌に見立て、野菜を煮込む。

魚を焼き網で香ばしく炙り、仕上げに柑橘の果汁を搾って酸味を添える。


「……日本食そのものとはいきませんが、“懐かしさ”の香りが漂いますね」

渚は満足げに頷き、料理を盆に並べた。



その様子をこっそり目撃したのが、侍女のミラだった。


「渚さんが……厨房で料理? しかも、見たこともない方法で……」


興味に駆られ、彼女はそっと後を追う。

そして――。


渚が料理を運ぶ途中、廊下の影に潜む気配に気づいた。

振り返ると、尾行していたのはやはりミラ。


「……っ!」


慌てて隠れようとした彼女に、渚は静かに微笑む。


「落ち着いてください。今からお見せするのは、秘密にすべき真実。――少し、お話ししましょう」


そう言ってミラを部屋に招き入れる。

驚きと困惑の色を浮かべたまま、ミラは中へ足を踏み入れた。



広大ながらがらんどうとした王子の部屋。

その片隅にだけ、六畳間のような質素な空間が切り取られている。

木の机と椅子が置かれ、そこに腰掛けていたのは――見知らぬ黒髪の少年だった。


「……そ、その……アレクシス様は……?」

恐る恐る尋ねるミラに、少年は気まずそうに頭をかいた。


「えっと……俺のことだよ」


「は……?」


「正確には“中身”が俺なんだ。高原倫太郎。ただの高校生。元の世界で事故に遭って……気づいたら、このワガママ王子の体に入ってた」


「……っ!?」


ミラの瞳が大きく揺れる。荒唐無稽だ――だが、その必死な声色は嘘に聞こえなかった。


渚が静かに添える。

「混乱するのも無理はありません。ですが倫太郎の“心の糸”は誠実です。彼は“王子”ではなく、別の世界から来た青年なのですよ」



ミラの脳裏に蘇るのは、あの日の記憶。

――冷たく「クビだ」と言い放った王子。

だが翌日には青ざめて「撤回する!」と必死に取り繕った。


その変化こそが、彼が“倫太郎”として目覚めた瞬間だったのだ。


「……あの時……」


「ごめん。あれは“前のアレクシス”の言葉だった。俺はそんなこと言えない。……だから、びっくりしたし、正直“できんわ”って思った」


居心地悪そうに笑いながら頭を下げる倫太郎。


ミラはしばし俯いたまま唇を噛み――やがて小さく息を吐いた。


「……今のお顔は、嘘をついている顔ではありません。……信じてみます」


その一言に、倫太郎の胸が少し軽くなった。



そこへ渚が料理を机に置く。

香ばしい匂いが立ちのぼり、倫太郎の胃が鳴った。


「さ、まずは朝食にしましょう。心の糸は、満ち足りた食事でこそ整うものです」


机に並ぶのは――大麦を炊いたご飯風、野菜と豆の味噌汁もどき、焼き魚に柑橘を搾った一皿。


「……うわ……懐かしい……!」

木の棒を箸代わりに口へ運ぶと、素朴な味わいに胸が熱くなる。

「これだよ……! こういうのが食べたかったんだ!」


ミラも恐る恐る口にし、目を丸くする。

「お、おいしい……! 王城の食事より優しい味です……」


「ええ。倫太郎が恋しがっていた、日本の“朝餉”ですから」

渚がにっこり微笑んだ。


三人で机を囲み、静かな時間が流れる。

王子でもない、侍女と主でもない――ただの人間同士としての食卓。


倫太郎は心の底から思う。

(……やっと、少しだけ“普通”になれた気がする)


こうして異世界の朝に、小さな和の食卓が生まれた。

このひとときが、三人を新たに結びつけていくことになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ