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王子、部屋を断捨離する

変化の杖を手に入れ、ようやく「高原倫太郎」としての姿に戻れる時間を得た。

だが喜びも束の間、すぐに一つの問題に直面する。


――このアレクシス王子の部屋が、どうにも落ち着かないのだ。


壁一面に施された黄金の装飾は光を反射して目を刺し、天井からは重苦しい天蓋が垂れ下がる。

腰を下ろせば、背中を苛むのは彫刻だらけの「芸術椅子」。


どこを見ても息苦しい。

部屋そのものが声を張り上げている。――「俺はワガママ王子だ!」と。


倫太郎の姿に戻れたとしても、この空間にいる限り心は休まらない。


「……決めた」


その夜。

隣で静かに茶を淹れていた渚に、俺は宣言した。


「この部屋を、倫太郎としての部屋にする」


渚は茶器を持つ手を止め、穏やかに瞼を伏せてから微笑む。

「まあ。それは良いお考えですね」


その声音には、俺の本心を理解している確かさがあった。



翌朝。

俺は久々に「ワガママ王子」を全力で演じた。


「ギルバーーーートォ!!」


城中に響く声で執事を呼びつける。

駆けつけたギルバートは、すでに顔色が悪い。


「お呼びでしょうか、アレクシス様」


「うむ! 余は決意した! この部屋の調度品すべて、我が美意識を著しく損なっておる!」

仁王立ちで部屋を指さし、堂々と宣言する。


「よって、一つ残らず売り払え! 今すぐだ! 城の者を総動員せよ!」


「は……はぁっ!?」


さすがのギルバートも仮面を崩し、素っ頓狂な声を上げた。

「す、すべて……でございますか!? このベッドも、あの芸術品と名高いタペストリーも!?」


「そうだ! 余の気分が変わらぬうちに取り掛かれ!」


胃を押さえながら深いため息をつき、「……御意に」と答えるギルバート。

その背を見送りながら、俺は心の中でガッツポーズした。



そこから城は大騒ぎだった。


「王子が部屋の家具をすべて叩き売るそうだ!」

「またとんでもないご乱心を!」


兵士も侍女も右往左往し、次々と家具を運び出す。

俺は椅子にふんぞり返り、それを監督する独裁者の気分を味わっていた。


だが、その最中だった。


クローゼットの裏から、兵士が古びた木箱を引きずり出したのだ。

黒ずんだ鉄の金具に鍵がかかり、妙に重々しい気配を放っている。


「アレクシス様、このようなものが……」

怪訝そうにギルバートが持ち上げる。


「知らんな。開けてみよ」


ギルバートが鍵をこじ開け、蓋を持ち上げた瞬間――空気が凍りついた。


中に収められていたのは、黒光りする革の鞭、冷たい金属の手枷、用途の分からない首輪やベルト。


「…………」


誰もが息を呑み、目をそらす。

侍女のミラは顔を真っ赤にし、兵士の一人はごくりと喉を鳴らした。


そして俺――高原倫太郎は心の中で絶叫する。


(なぁああああんだこれぇぇぇ!? 前のアレクシスは一体どんな趣味してたんだよ!? 調教道具!? 嘘だろ!?)


顔から火が出そうになりながら、震える声で叫んだ。


「な、なんだこの下劣なガラクタは! 余は知らん! 断じて知らんぞ! 今すぐ燃やせ! 見るもおぞましい!」


「は、はいっ!」


兵士たちは呪いの品を扱うかのように箱を抱え、そそくさと運び去った。


固まっている俺の耳元に、渚がそっと囁く。


「……心の糸が、激しく乱れていますよ。深呼吸を、倫太郎」


その声音に救われ、ようやく正気を取り戻した。



夕刻。

広大な王子の部屋は、すっかりがらんどうになっていた。


夜。

変化の杖で倫太郎に戻った俺は、渚と共に新しい部屋作りを始める。


飾り気のない木製の机と椅子。

本はまだ少ない、小さな本棚。

ラグとローテーブル、簡素なシングルベッド。


――完成したのは、異世界で再現した六畳間だった。


「……できた」


見慣れた自分の空間。

ようやく、肺の奥まで息が吸い込める気がした。


ベッドに寝転がり、満足げに天井を仰ぐ。

だが横に視線を流した瞬間、愕然とする。


六畳間は広大な部屋の片隅にぽつんと収まっているだけで、残りは体育館のようにがらんどうだったのだ。


「……部屋、まだまだ空きすぎだろ……」


呟く俺に、渚は唇に指を添えてくすりと笑う。

「あなたの世界は、始まったばかりですもの。これから、たくさんのもので満たされていくのでしょう」


その言葉に、少しだけ心が軽くなった。



夜。

模様替えを終えた簡素な空間で、俺と渚は並んで湯気立つカップを手にしていた。


「……こうして飲むと、落ち着くな」

「ええ。空間が整えば、心も穏やかになるものです」


渚の柔らかな声に、肩の力が抜ける。

茶葉の香りが漂い、がらんどうの広ささえ不思議と心地よく思えた。


「ふぅ……俺、やっと“息ができる”気がするよ」

「その一息が、明日へとつながるのです。倫太郎」


微笑む彼女を見て、思う。――ああ、ここが本当に俺の部屋になったんだ、と。


しばしの沈黙。

二人でただ、温かな茶を味わいながら。


その夜の俺は、異世界に来て初めて、心の底から「少しだけ安心した」と感じていた。

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