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織り手の微笑み、少年の本音

夜――王宮の廊下は、日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


倫太郎(=アレクシス)は、渚の手ほどきで「王子の日常」を学ぶ。

ギルバートの資料に四苦八苦し、ミラの紅茶で一息。渚のささやかな慰めに、ようやく笑みが戻りかけた――その矢先。


部屋の灯りがふっと翳る。

気配もなく現れた黒衣の男が、まっすぐ倫太郎へ迫った。


(え、急に!? ゲームなら即バトル画面なんだけど!?)


「王子――アレクシス様。お覚悟を」


剣を抜く間もない。

だが次の瞬間、渚が倫太郎の前に静かに立つ。


「……喧噪は波紋を広げます。どうか暴れず、おとなしく」


穏やかな声に反して、暗殺者の体は糸に絡め取られたように動きを失う。

どんな抵抗も、流水のような体捌きで受け流され、男は床に膝をついた。


「──え、渚さん今なにしたの? 自宅警備どころか王城警備レベル……!」


渚はうなずき、腕ごと暗殺者の動きを封じる。

「あなたの心にも、深い絡まりがありますね」


まるで悩み相談のように、淡々と語りかけた。


廊下が騒がしくなる。兵士たちが押し寄せ、ギルバートが指示を飛ばす。

「下がれ! ……だ、誰だ貴様は!」


渚は兵士に目もくれず続ける。

「この方からは、弱々しくも確かな“恨みの糸”が流れています。――この場のどなたかが、その源ですね」


短いやりとりののち、暗殺者が兵士の一人に視線で合図。

張り詰めた空気に耐えきれず、その兵士が崩れるように膝をついた。


「……王子のやり方に納得いかねぇやつ、みんな我慢してるんだ……!

オレがやらねぇと、一生……!」


(どんだけ嫌われてたんだ、俺――いや、“王子”よ!)

悲しさと情けなさが、一度に押し寄せる。


渚はその兵士へ、糾弾ではなく諭す調子で告げる。

「糸が乱れたままでは、やがて大きなほころびになります。

悪しき想いを断つなら、まず“思いを話す”ことから。王の側にある者もまた、迷うのです」


場に静寂が落ちる。何人かの兵士が、涙をこらえるように俯いた。

最後はギルバートが険しい顔で兵士たちを連行する。


渚は倫太郎を振り返った。

「倫太郎。あなたの糸も強く乱れています。――今宵はゆっくりお休みを」


世界一不名誉な王子のはずが、余計「やばい奴」と思われた気がして、倫太郎は視線を落とした。


(どんだけだー……オレの異世界、波乱しかない!)

それでも、渚と心が通った手応えが、不安を少しほどいてくれた。



王宮の夜。

アレクシス王子という“自分”の現実に、倫太郎は頭を抱える。暗殺者、そして内通者。

(自分じゃない悪評が、命の危機レベルって……)


枕元では、渚が静かに気遣っていた。

やがて、彼女がそっと提案する。


「倫太郎。この世界に“変身”の魔法は?」


「変身魔法? あったら便利だけど……急にどうして?」


「王子としての立場は難儀です。もし“別の姿”になれれば、心休まる時間が作れるかもしれません」


もっともだ。だが警戒心も働く。

「……ギルバートに直接聞くと、“何に使う”って怪しまれるよな」


「では、私が伺います。王宮の者として問うのは不自然ではありません」


翌朝。

渚は廊下でギルバートに丁寧に声をかけた。


「ギルバートさん。王子様のご所望です。禁書や宝物に、“変身”あるいは“姿を変える道具”は?」


一瞬「またワガママか……」という顔をしつつも、ギルバートは即答する。

「姿を変える“変化の杖”が禁宝庫に。歴代王が式典や政務で密かに用いた記録がございます」


渚はその情報を、すぐ倫太郎へ報告した。


その日の午後。

王子の“ワガママ”が、堂々と発動する。


「ギルバート! 余は気分転換がしたい。“変化の杖”をすぐ持て!」


「……かしこまりました、アレクシス様」


理由は問わず、杖のみを調達するのがギルバート流だ。


部屋では渚が控え、静かに告げる。

「では、始めましょう。ここはお二人だけの空間です」


倫太郎は禁宝庫から持ち出した“変化の杖”を握る。

使い方はひとつ――強く望む姿を思い浮かべること。


元の自分――高原倫太郎を思い描いた瞬間、柔らかな光に包まれた。


鏡に映ったのは、見慣れた日本の高校生の顔。

「……うわ、本当に戻ってる。これ、マジで魔法……!」


涙ぐみながら渚に笑いかけると、彼女も静かに微笑む。

「この秘密――あなたが“王子”と“倫太郎”、二つの顔を持つことは、私だけの目論見。お互いだけの秘密ですね」


倫太郎は深く頷いた。


以後、公務以外の時間や城外のお忍び、部屋で過ごすひとときは、“変化の杖”で高原倫太郎の姿に。

渚は、王子のときは側近メイドとして、倫太郎のときは相談役――年上のお姉さんとして寄り添う。


そしてようやく、倫太郎には「自分を自分として」過ごせる時間が生まれた。


王子としての立場と、倫太郎としての本心――二重生活が始まる。

それは「彼だけの秘密」であり、「渚だけが知る癒しの時間」でもあった。

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