孤独な王子の無理難題
「この世の理不尽を全部詰め込んだ、傲岸不遜で自己中心的な、稀代のワガママ王子、ねぇ……」
ギルバートが退出したあと、俺――高原倫太郎は、豪華すぎるベッドに再び突っ伏した。
顔を上げると、姿見の中の美貌の王子が、死んだ魚みたいな目でこちらを見ている。
どうやら俺が眠っていた間に、このアレクシス王子は相当やらかしていたらしい。
ギルバートの報告だけでこれだ。――「隣国の王女のドレスにワイン」「公務を三年連続でサボり」「気に入らないからシェフを十人クビ」。悪評のオンパレード。
「無理ゲーだろ、これ……。セーブデータ最悪、仲間の好感度はマイナス。バグ満載のクソゲーでももう少しマシだぞ……」
完全に詰んでいる。ゲームならリセットだが、これは現実。やり直しはない。
放置された「積みゲー」みたいに、どうにもならない。
不意に、どうしようもない孤独が胸に広がった。
ここは異世界。知り合いは一人もいない。
父さん、母さん、くだらない話で笑った友人たち――もう二度と会えないのか。
「……誰か、話がしたい」
王子としてじゃない。高校生・高原倫太郎として。
この状況を一緒に笑い飛ばしてくれる誰かが、欲しい。
その時、妙案――いや、ヤケクソが閃く。
「そうだ……どうせ『ワガママ王子』なんだろ?」
なら、その設定を逆手に取るだけだ。
俺は勢いよく起き上がり、扉の外に向かって叫ぶ。
「ギルバート! 入ってこい!」
すぐに扉が開き、無表情のギルバートが現れる。
「お呼びでしょうか、アレクシス様」
「うむ。退屈だ。非常に、退屈でならん!」
わざとふんぞり返り、足を組む。――元のアレクシスなら、きっとこう。
「我がヴァインベルク王家に伝わる『召喚石』とやらを持て。今すぐだ!」
完全にゲーム脳。ソシャゲ感覚で仲間を召喚する安直発想。
そんな都合のいいアイテム、あるわけ――
「『異界召喚の石』でございますね。承知いたしました」
ギルバートは眉をわずかに動かしただけで、あっさり一礼して出ていった。
「…………え?」
ぽかんと口を開けたまま、背中を見送る。
(あるのかよ!? そんなファンタジーアイテムが!)
しばらくして、ギルバートは手のひらサイズの古びた石を盆に乗せて戻ってきた。
鈍い光を帯びたそれは、いかにも曰くありげだ。
「お持ちいたしました。禁書庫の奥に封印されておりましたが、どうやら伝説は真実で」
「ま、マジか……」
思わず素の口調が漏れるが、彼は気にしない。
「いかがなさいます? 何を召喚なさるのです」
「そ、その……使い方は?」
「術者の強い願いと魔力を注げば、望む存在を時空越しに呼び寄せる――と古文書に。まあ、ただの石かもしれませんが」
魔力。俺にそんなものが……いや、この体にはあるのかもしれない。
もう後戻りはできない。俺は石を受け取った。
ひんやりとした感触が手のひらに伝わる。
(誰を呼ぶ? 誰に会いたい?)
王子としての体裁なんてどうでもいい。
(相談相手がほしい。この孤独を分かち合える人。俺を“王子”じゃなく“高原倫太郎”として見てくれる人)
脳裏に浮かんだのは、一人のキャラクター。
クラスのみんなが派手なアタッカーを使う中、俺だけが推していた、ヒーラー兼サポーターの大人の女性。
真導 渚。32歳、霊織士。
包み込む優しさと、揺るがない芯。俺は、彼女そのものに惹かれていた。
(どうか来てください。あなたの力が必要なんです――真導さん!)
それは王子のワガママじゃない。十六歳の少年の、切実な叫び。
次の瞬間、石がまばゆい光を放つ。
「うおっ!?」
光は部屋じゅうに広がり、やがて静かに収束する。
中央に、すっと人の影が形を取った。
月光を編んだような銀の長髪。落ち着いた藤色の瞳。
藍の衣をまとい、女性が静かに立っている。――設定画そのまま。
彼女――真導 渚は驚きも見せず、まっすぐ俺を見た。
凛とした声が、囁くように落ちる。
「あなたの“心の糸”が、私をここまで手繰り寄せたのですね。……あなたが、私を呼びましたか」
その瞬間、張り詰めていた何かがぷつりと切れた。
王子の仮面が、音もなく外れる。
「は、はい……俺が、あなたを……呼びました」
この孤独な異世界で、ようやく見つけた。
たった一人の、心の拠り所を。