目覚めたら王子、ただし評判最悪
「──────さま、アレクシス様! 朝でございます!」
頭に響く甲高い声で、俺は意識を引き戻された。
(……うるさいな。日曜の朝くらい寝かせろよ……)
昨日の夜更かしが祟ったのか、頭がズキズキする。重たい瞼を開けかけた、その時――
「いい加減にお起きください! 本日は隣国の使節団が……」
(誰だよ、勝手に俺の部屋に……)
目を開けた瞬間、絶句した。
視界に広がるのは、見たこともない豪奢な天蓋付きベッド。天井には彫刻、隅には甲冑まで飾られている。俺の六畳一間とは天地の差だ。
……というか、ここどこだ?
「……は?」
思わず漏れた声は、自分のものじゃないように低く澄んだ美声だった。
「あ、お目覚めになられましたか、アレクシス様」
声の方を向くと、執事服に身を包んだ青年が深々と頭を下げている。その後ろには、怯えた様子のメイド服の少女。
「えっと……どちら様で?」
問いかけた瞬間、執事は固まり、メイドは「ひっ」と悲鳴を上げた。
「アレクシス様、またそのようなご冗談を……私はギルバートにございます」
「は、はぁ……ギルバートさん」
そう返すと、彼は眉をひくつかせる。
「……様、本日はやけに丁寧ですな。何か企んでおられるのですか?」
「いや、企むって……」
混乱する俺。
昨日――俺はトラックに撥ねられたはずだ。猫を避けようとして、確かに全身を打ち付けた。なら病院のはず……でも、これは現実離れしすぎている。
ベッドから起き上がると、ギルバートが自然に手を貸してきた。そのとき、視界の端に巨大な姿見が映る。
そこにいたのは――
「…………誰だ、このイケメン」
絹のような金髪、透き通る碧眼、陶器のような白い肌。少女漫画の王子様みたいな美少年が、呆然とこちらを見ていた。俺と同じ動きをしている。
「……アレクシス様ご自身でございますが」
ギルバートの言葉に血の気が引く。
アレクシス――さっきから呼ばれている名前。つまり、この美少年が俺? 高原倫太郎(16歳)が? 嘘だろ。
「あ、あの……俺、いや、私は……」
「私? ……おお、そうですか。本日は『私』の気分でいらっしゃいますか。承知いたしました」
ギルバートは勝手に納得して頷いている。なんなんだこの人。
「アレクシス様、昨夜『明日この女の顔も見たくないからクビにしろ』と仰った侍女のミラですが、いかがいたしますか」
彼の後ろで、メイドの少女――ミラがびくりと震える。顔は真っ青だ。
「え? 俺が……いや、私がそんなことを?」
もちろん記憶にない。というか、そんな酷いこと言えるはずがない。
「あ、いや、その……撤回で! クビなんてとんでもない! これからもよろしく!」
慌てて告げると、ミラは目を丸くし、ギルバートはさらに眉間の皺を深めた。
「……はぁ。本日は随分と気まぐれでいらっしゃる。……ミラ、下がってよし」
「は、はい!」
ミラは深々と頭を下げ、逃げるように部屋を去った。
残されたのは俺とギルバートだけ。沈黙が気まずい。
「なあ、ギルバート……」
「『さん』付けは不要です」
「……ギルバート。俺、いや、私って、普段どんな感じなんだ?」
彼は一瞬だけ遠い目をし、完璧な笑みを浮かべた。
「――そうですね。一言で申せば、『この世の理不尽をすべて詰め込んだ、傲岸不遜で自己中心的な、稀代のワガママ王子』でございます」
「…………」
どうやら俺、とんでもない奴に成り代わってしまったらしい。