心の糸を織る者たち、そしてまだ名もない者たち
夜――。
質素な六畳間(※本来は王子の豪華な部屋の片隅)に、倫太郎、渚、ミラの三人が集まっていた。
机の上には湯気の立つ紙包み。屋台で買ってきた焼きそばと、香果飲――クラフトコーラ風の飲み物だ。
「……さて、とりあえず整理しようか」
倫太郎は割り箸代わりの木棒を手に、気まずそうに笑った。
「まず、俺が“高原倫太郎”で、アレクシス王子の中身に入ってる。これはもう二人とも知ってるな」
「はい……最初は信じられませんでしたが、今は納得しています」
ミラは小さく頷く。彼女にとって、あの日の“クビ撤回”こそが真実の証明だった。
渚は落ち着いた笑みで続ける。
「……ミラに気づかれたことについては、もう致し方ありません。むしろ“仲間”が増えたと考えればよろしいでしょう。
ですが――今後、他の方々へどう打ち明けるかは慎重に決めなければなりませんね」
「だよなぁ……」
倫太郎はコーラを一口飲んでため息をついた。
(まさか“焼きそばとコーラ準備してる最中”に話すことじゃない気もするけど……いや、渚らしいか)
三人は顔を見合わせて苦笑する。
一方その頃――王宮の廊下。
侍女たちが集まって、ひそひそと囁き合っていた。
「ねえ聞いた? 王子様、このごろ“銀髪の愛人”と“ミラ”を部屋に連れ込んでるんだって!」
「しかも小声で長いこと話し込んでるんでしょ? あれ絶対、尋問かイジメだわ……」
「いいえ! “お食事会”だって聞いたわ! 何でも、料理の感想を延々と語り合ってるとか……」
噂は枝分かれし、誰も真相を掴んでいない。
だが一つだけ確かなのは――「王子の部屋で何かが起きている」ということだった。
そして、その渦中に立たされるのが執事ギルバートである。
「……胃が……胃が痛い……!」
一人執務室で頭を抱え、深いため息をつく。
「王子の突拍子もない言動、銀髪美女の不可解な行動、そして侍女たちの妄想……。
いっそ私が幻覚を見ているのではないか……?」
翌日。
「ギルバート!」
アレクシス王子――いや倫太郎が、いつものワガママ口調で声を張り上げた。
「余は退屈だ! 例の“召喚石”を再び探し出せ! どこに隠してあろうと、今すぐにだ!」
「なっ……召喚石を、また……?」
ギルバートは目を剥き、天を仰ぐ。
(またしても……! なぜ王家の禁物ばかりお望みに……!)
倫太郎はふんぞり返りつつも、内心でそっと呟く。
(――ごめん、ギルバート。でもこれは三人で決めたんだ。渚の世界から“仲間”を呼ぶって)
渚が言った。
「倫太郎、この世界での立場はとても難儀です。ですが――“心の糸”を共に織れる仲間がいれば、きっと道は広がります」
ミラも力強く頷く。
「はい……わたしも、お二人をお守りするために……!」
倫太郎はそっと拳を握りしめた。
(そうだ。もう一人、仲間を。俺たち三人だけじゃ足りない。ここから先に進むためには――!)
かくして、新たな召喚計画が動き出そうとしていた。
一方その頃。
王都郊外の街道沿いでは、荒れ果てた林に異様な咆哮が響いていた。
現れたのは、王都の警備兵ですら手を焼くと噂される巨大魔獣。
鱗に覆われた体躯、尾の一振りで樹木を薙ぎ倒す。
「や、やばい! こんなの、俺たちで相手していい相手じゃ……!」
「言ってる場合か! もう村に迫ってるんだぞ!」
震える声と共に、若者三人の影が魔獣の前に立ちはだかっていた。
剣を構える少年、杖を握りしめる少女、そして盾を背負った大柄な青年。
いずれも戦闘経験は浅い。王国の正式な冒険者登録もまだ済ませていない。
だが、目の前で泣き叫ぶ避難民たちを見て、彼らは一歩も退かなかった。
「……俺たちだって、できることはある!」
剣が振り下ろされ、火花が散る。
盾が尾を受け止め、地面に深くめり込む。
少女の詠唱が途切れがちに響き、かろうじて炎の矢が魔獣を牽制する。
一撃ごとに吹き飛ばされ、泥に転がり、それでも三人は必死に立ち上がった。
決して鮮やかな戦いではない。むしろ、見苦しい足掻きかもしれない。
だがその必死さが、少しずつ魔獣の動きを鈍らせていた。
やがて村人たちが合流し、松明や投石で援護に回る。
三人は息を切らしながら、最後の突撃を仕掛けた。
「……おおおおっ!」
剣が鱗の隙間を貫き、炎が燃え広がり、魔獣が大地を揺らして倒れ伏す。
しんと静まり返る林。
村人の歓声が遅れて湧き上がり、三人は互いに顔を見合わせた。
「……か、勝った……?」
「すごい! 本当にやっつけちゃった!」
「……生きてる……俺たち、まだ生きてる!」
歓喜と安堵が入り混じり、涙ぐむ三人。
彼らの名はまだ、誰も知らない。
もちろん、王子アレクシスの中身が「異世界から来た民間人」であることも知らない。
だが確かに、同じ空の下で――人知れず人々を守る者たちが存在していた。




