週一の幸せは裏口から始まる?
その夜。
「倫太郎」として机に向かい、ため息をつく俺。
「はぁ……せっかく“変化の杖”で戻れるようになったのに、結局この部屋から出られないんだよな……」
王宮の出入りは全て管理されている。万が一見つかれば「王子が二人いる」大事件になりかねない。
隣で茶を注いでいた渚が、ふと微笑んだ。
「……でしたら、この部屋に“裏口”を作ってはいかがでしょう」
「……裏口?」
「ええ。王子としては“ワガママ”を貫いて、部屋の隅に秘密の通路を作らせるのです。
理由は“気晴らしのための特注”でも“余の美意識だ”でも構いません。誰も逆らえませんから」
目が点になる俺。
「……なるほど! それだ!」
翌日。
「ギルバーーーート!」
わざと大声を張り上げる。
「余は気分転換が必要だ! この部屋に“裏口”を作れ! 余の散歩用だ!」
ギルバートは口を開けたまま固まった。
「……裏口……でございますか?」
「そうだ! 表の出入り口は息苦しい! 余はもっと自由に往来したいのだ!」
執事の仮面がひび割れる。胃痛を通り越し、ただ呆然と「……御意に」と頭を下げるしかない。
数日後。
部屋の隅――壁の一部が巧妙に細工され、外へとつながる隠し扉が完成した。
これで「王子アレクシス」としては正面から、そして「高原倫太郎」としては裏口から――二つの顔を使い分ける準備が整ったのだ。
渚は静かに頷き、言った。
「……これでようやく、“倫太郎”としての息抜きも叶いますね」
俺はこみ上げる笑いを必死で抑えた。
「(裏口って……完全に忍者屋敷じゃん! でも最高だ……!)」
こうして、俺の異世界二重生活は、ますます本格的に幕を開けた。
夕暮れ。
裏口からひっそりと城下へ出た倫太郎と渚。
控えめに笑ったミラが、小声で言った。
「……お二人を、ぜひご案内したい場所があります」
向かった先は、王城の大通りから少し外れた広場。
そこには香ばしい匂いが立ち込め、人々でにぎわう屋台が並んでいた。
「ここ……?」
倫太郎が目を丸くすると、ミラは少し照れながら頷いた。
「実は……侍女になる前、よく通っていたんです。仕事の帰りに、ちょっと贅沢して……」
彼女が立ち止まったのは、鉄板の前で豪快に麺を炒める屋台。
ソースに似た甘辛い香りが漂い、思わず胃が鳴った。
三人で並んで腰かける。
屋台の主人が皿を置いた瞬間、湯気と匂いがふわりと包んだ。
「いただきます!」
倫太郎が夢中で口にすると、思わず声を上げる。
「……うまっ! これ、日本の屋台焼きそばに近い!」
渚も穏やかに頷き、唇をほころばせた。
「ふふ……素朴でいて、心が満ちるお味ですね」
ミラは胸を張って言う。
「で、でしょう!? 私、これが大好きで……!」
三人はすっかり夢中になり、気づけば皿は空になっていた。
帰り道。
倫太郎が笑顔で提案する。
「なあ、これ、週一で通わないか? お持ち帰りして部屋で食べてもいいし!」
「賛成です!」
「ふふ、良い習慣になりますね」
こうして三人は、“週に一度の屋台焼きそばお持ち帰り”を密かな恒例行事と決めた。
倫太郎にとって、それは“王子として”でも“異世界転生者として”でもなく、ただの民間人として楽しめる、かけがえのない時間だった。
屋台からの帰り道。
ふと倫太郎の鼻をくすぐる、不思議な甘い香り。
「……ん? なんかコーラっぽい匂いがするぞ……?」
声の先には、果実や香草をぐつぐつ煮詰めている屋台。
黒褐色の液体が湯気を立て、氷を浮かべたカップに注がれていく。
「これは“香果飲〈こうかいん〉”と申します」
屋台の主人が説明する。
「果実と樹皮を合わせた秘伝の煮出し汁に、泡の湧く水を混ぜたもの。暑気払いに効きますぞ」
倫太郎の目が輝く。
(……クラフトコーラだ! しかも炭酸っぽい!)
試しに一口。
甘さとほろ苦さ、柑橘の酸味が重なり、爽やかな泡が喉を抜けた。
「……うまっ! これ完全にコーラだよ!」
渚も上品に口をつけ、静かに目を細める。
「……不思議な調和ですね。心の糸をほぐす香りがございます」
ミラも驚いたように笑顔を見せる。
「おいしい! さっきの焼きそばにも合いそうです!」
倫太郎は思わず両手を合わせて宣言した。
「よし、決まり! 次からは“焼きそば+クラフトコーラ”のセットでお持ち帰りだ!」
「賛成です!」
「ふふ……週に一度の楽しみが、ますます豊かになりましたね」
こうして三人の恒例行事は――
「週一・焼きそばとクラフトコーラのお持ち帰り」 へとアップデートされたのだった。




