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元刑事との面会。

 少し洒落た料亭の個室には、落ち着いた照明が柔らかく灯っていた。

 畳敷きの座敷に腰を下ろし、夏川は目を瞑っていた。

「よお、待たせたな」

 襖を開けて現れたのは、村野だった。

 学生時代の先輩。夏川より二つ上。高校時代はよく面倒を見てもらったが、社会に出てからは疎遠になっていた。

 村野は元刑事で、桜見湖の殺人事件を担当した刑事だった。当時は新人だった彼は、まともに捜査に参加させてもらえず、資料の整理ばかり任させている、と夏川によく愚痴っていた。

「ああ、お久しぶりです」

 軽く会釈し、向かいの席に座った村野を観察する。

 自分と同じで、歳月は彼の顔にも刻まれており、かつての精悍さは遥か遠くなっていた。刑事時代にあった特有の目つきの鋭さも、いまは感じられない。これならば、過去の事件について多少は聞き出せるかもしれないと、夏川は期待した。

 料理が運ばれ、互いに軽く箸をつけながら、昔話に花が咲いた。

 部活の思い出、学校の噂話、互いの近況。酒も進み、二人の間に昔と変わらぬ空気が戻りつつあった。

 だが、ふとした間に、村野が不思議そうに目を細める。

「しかしどうしていきなり、飯でもなんて誘ってきたんだ。もうずっと、やり取りだって年賀状くらいだったのに」

「実はちょっと、聞きたいことがあって」

 夏川は、あくまで自然な口調を装って答えた。

「ニュースで見たんですよ。桜見湖が再開発されるって」

 村野は一瞬、驚いたように眉を上げる。

「へえ、そうなのか」

「ええ。それで、ふと昔のことを思い出しまして」

 夏川は冷酒を口に含み、さりげなく続けた。

「桜見湖と聞くと、やっぱり例の事件のことも思い出すじゃないですか」

「例の事件?」

「湖で起きた女子大生殺人事件ですよ」

 村野は酒を飲んでいた手をピタリと止め、しばらく無言でそれを見つめた。

「あったな。そんな事件」

「ええ」

「でも、それがなんだっていうんだ?」

 夏川はわざとらしく、ゆっくりと頷いた。

「なんだかちょっと気になりまして」

 小さく笑い、夏川は酒を口に含んだ。

「そういえばお前、昔もなんか探偵ごっこみたいなことしてたな」

「はい、それで急に、その続きをしてみようかなと」

「なんでまた」

「いや、本当に思い付きで」

「ふうん。で、事件について俺に聞きたいことがあると?」

「はい。当時の警察の捜査ってどんな状況だったのかなって」

 村野の表情がわずかに硬くなった。

「別にどんな状況もない」

 村野は酒をチビリと飲む。

「目撃者なし、凶器なし、動機も不明、犯人も捕まらず、だ。しかも幽霊がなんだっていって現場に忍びこんだ奴が多くて、あったはずの証拠も消えたかもしれない。幽霊騒ぎ、覚えているか?」

「詳しは覚えていませんが、被害者は都市伝説のせいで亡くなったとか、そういう話でしたっけ」

「おう、それだそれ」

 酒が進んできたからか、村野はぽつりぽつりと、当時の捜査の詳細を語り始めた。夏川は相槌を打ちながら、上着の内ポケットに忍ばせておいた小型のボイスレコーダーをさりげなく起動させる。

 村野は、酒の勢いもあってか、次第に捜査の内部事情や、当時集められた証言の内容まで語り始めた。具体的な名前や詳細な状況、聞き込みで得た小さな違和感、そして警察内部の迷走まで。

 夏川は表情を変えずに相槌を打ち続けながら、その全てを、ボイスレコーダーにしっかりと記録させていた。

 一通り話し終えたのか、村野はふと黙り込み、しばらくしてふっと自嘲気味に笑った。

「はじめにも言ったけど、結局なんにも見つからなかったんだよ、あの事件。証拠も、目撃者も、犯人も」

 村野は視線を落とし、ぽつりと続ける。

「あんまりにも手がかりがなさすぎてさ。最後の方は、俺も思っちまったよ。幽霊の仕業なんじゃないかってな」

 その声には、ただの冗談ともつかない、どこか哀愁めいた響きがあった。

「まさか、そんなわけ」

「もちろん本気じゃねぇさ。物証に関してはさ、心霊マニアってのか? あと雑誌記者だな、そういうやつらが現場を荒らしたせいってのが、やっぱり大きいと思うんだよな」

「そんなに酷かったんでしたっけ?」

「酷いさ。あちこちの雑誌があることないこと面白おかしく書きまくるから、かなりの人が集まってな。こっちも荒らされないうちになにか見つけなけりゃって躍起になって、かなり人員も増やして捜査した」

 村野はグッと酒を飲み干す。

「まぁその判断のせいで他の事件の対応が杜撰になったり、捜査範囲も桜見湖ばかりに集中しすぎだって問題になったがな」

 事件の話はそれで終わり、そのまま二人は少しばかり雑談を続けたが、やがて食事も終わりとなった。

 随分と酔いの回った村野を、夏川は料亭の外でタクシーに乗せた。

 タクシーのドアが閉まり、車がゆっくりと走り出すのを見送ると、夏川は静かにポケットのボイスレコーダーに手をやった。

 淡々とした表情のまま、夏川は料亭の灯りを背に歩き出した。

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