夏川の捜査
犯行の翌日、夏川は目を覚ました。
まるで昨日、自分が人を殺したことなどなかったかのように、頭はすっきりとしていた。
窓の外には、曇りがちの朝の光がぼんやりと差し込んでいる。
ごく普通の日常の景色だった。
そのままいつものように顔を洗い、朝食を取り、そしてふと、自分の服に目をやった。
シャツの裾や袖に、赤黒い染みがこびりついているのが目に入る。
そういえば、帰宅したとき、着替えずそのままベッドに倒れ込んだのだった。
夏川は服を脱ぎ捨てながらポケットを探った。
ナイフが、ない。
一瞬、指先が止まる。
だが、表情に動揺はなかった。
「まあ、そういうものだろう」
夏川は静かに呟いた。
あのナイフには、自分のイニシャルが彫ってある。
立ち寄った公園で洗ったが、柄の隙間や刃の根本に、血の跡が残っていた可能性は高い。
あのナイフは、近所の文房具屋で最近購入したものだ。頼めば無料でイニシャルを刻んでくれるサービスがあり、軽い気持ちで自分のものだと分かるよう刻印してもらった。だが今となっては、それが決定的な証拠になり得る。
警察の手に渡り出どころを調べれば、あっさりと自分に辿り着くだろう。
そう思ったが、焦りはなかった。
法を犯したのだから、捕まることに異論はない。
ただ、それだけのことだ。
ところが、いくら時間が経っても、何日経っても、警察が自宅に訪ねてくることはなかった。
決定的な証拠を残したはずの自分が、なぜ捕まらないのか。
その疑問が、夏川の中に静かに芽生えた。
「不思議だ」
いったいなにが要因なのか。
犯人が分かったとしても、捕まえるまでに時間がかかるのだろうか。
今日まで全く触れてこなかったが、少し事件について調べてみるか。
夏川はそう考え、捨てるつもりだった新聞の束に手を伸ばした。




