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ある少年の恐怖

 その日の放課後、陽斗は重い足取りで家に帰った。

 教室での出来事が頭から離れなかった。楽しかったはずの怖い話が、いつの間にか本物じみた空気を帯びていて、それがずっと胸に引っかかっている。

 家に着くと、玄関が騒がしい雰囲気だった。靴が散らばり、誰かの慌てた声が聞こえた。

「どうしたの?」

 リビングに入ると祖母が泣きそうな顔をしており、父親と母親が慌ただしく動き、なにか準備をしていた。

「陽斗、じいちゃんが出先で倒れて、救急車で病院に運ばれた。まぁ意識ははっきりしているし、たいしたことじゃないと思うが」

 父親はそれだけ陽斗に伝え、急いで祖母と二人で家を出て行った。

 陽斗は母と二人、家に残ることになった。夕暮れの居間は妙に静かで、陽斗はぼんやりと祖父との思い出を振り返った。縁側で一緒にスイカを食べた夏の日、寒い冬に炬燵に潜り込んで二人でみかんを食べたこと、近くの川に釣りに行って、結局一匹も釣れずにコンビニでお菓子を買って帰った日のこと。どれも特別なことじゃない。ただ、祖父がそばにいて、くだらない話をして、笑い合っていた。

 どうして自分は、急にこんなことを考えているのだろうか。普段は考えたことなんてない。

 ふと、いつもそこにいるのが当たり前だった祖父の姿が消えてしまいそうな気がして、胸の奥がじんわりと冷たくなった。 その冷たさを誤魔化したくてソファで丸くなる。そうしているうちに薄暗くなった部屋の中で、うとうとと意識が遠のいていった。

「陽斗、起きて」

 母の声で目を覚ます。母の声は震えているようで、部屋の空気が変わっているような気がした。

「おじいちゃん、亡くなったって」

 母の言葉が、遠くから聞こえるように響いた。

 陽斗は言葉を失った。現実味がなかった。ただ、目の奥がじわりと熱くなり、涙がこみ上げそうになる。

 けれど、すぐには泣けなかった。頭が真っ白になって、母の言葉の意味を理解しきれずにいた。

 家の中はやけに静かで、時計の針の音だけがやたらと響いている気がする。

 祖父が亡くなったという事実が、現実として自分の中に降りてこない。ただ、胸の奥に冷たい重りのようなものが沈み込んでいくばかりだった。

 しばらく、陽斗はぼんやりとしたまま座り込み、何も考えられずにいた。 けれど、次第に、ある記憶がじわじわと意識の表層に浮かび上がってくる。陽斗の祖父が話していた、あの影のことだ。

 そして思い出す。

 じいちゃんは、影の写真を見たと言っていた。

 まさか。

 じいちゃんは写真はセーフなんて言っていたけれど、本当にそうなのか?

 写真だってなんだって、影を見たのは同じじゃないか。

 陽斗の心臓が強く脈打つ。

 これは、自殺した女の子の呪いなんじゃないのか?

 そうだ。呪いは本当にあるものだったんだ。

 だって、幽霊を見たという人がいた。

 だって、影が映った写真があったとじいちゃんは言った。

 そして、それを見たじいちゃんは死んでしまった。

 湖の影を見たせいだ。

 幽霊の祟りだ。

 そう確信する思考が、じわじわと胸の内を締めつけていく。

 呼吸が浅くなり、冷たい汗が滲む。 そんなはずはない、と打ち消そうとする声が頭の隅でかすかに響くのに、もう止められなかった。

 あの怪談は本当のことだった。

 現実だったんだ。

 陽斗の胸に、静かに、けれど確かな恐怖が根を張っていった。



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