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ある教室での出来事

 陽斗の声が教室に響いた。 

「だからさ、桜ヶ池だよ。湖に影が立つってやつ。俺、この前じいちゃんから聞いたんだ」

「なにそれ、こえー」

「本当かよ?」

「影が立つってどういうことだよ」

 クラスメイトたちが興味津々に陽斗の話を聞いている。

 クラスメイトに混ざり話を聞いていた英子の胸がざわついた。昨夜姉から聞かされたばかりの話と重ねてしまったからだ。

 陽斗は得意げに話を続ける。

 湖の真ん中に黒い影が立つ。ふざけたり悪いことをすると祟られる。

 英子は膝の前で指をぎゅっと握りしめた。

 怖い。でも、その輪の中に入ってみたい気持ちもあった。 普段はあまり目立たず、ただ聞いているだけの自分が、今なら少しだけ、みんなの注目を集められるかもしれない。そんな欲が、胸の中でふくらんだ。

 気がつくと、英子の口が勝手に動いていた。

 「あの、私も、聞いたことあるかも」

 パタリと教室が静かになり、皆の視線が自分に集まる。

 心臓の鼓動が早くなる。

 「うちのお姉ちゃんが言ってた。ずっと昔に、あの湖で自殺した女の子がいて、その幽霊が出るって」

 陽斗の目が大きく見開かれる。

 「マジかよ。ほんとに、ほんとに出るのかよ」

 陽斗が思った以上に詰め寄ってきて、英子はたじろいだ。

 「う、うん。その先輩が幽霊を見たって、お姉ちゃんが言ってたから。幽霊が本当にいたんだって、そうきいた」

 それは嘘だった。姉は、先輩が見た、とまでは言っていない。でも、ここでそんなことを言えば、せっかくみんなが注目してくれているこの空気が壊れてしまいそうだった。だから、つい、口にしてしまった。

 教室の空気がまたざわめき、その日は一日、クラスはこの話題でもちきりだった。誰かが「本当に影を見たら呪われるのか」と騒ぎ、誰かが「湖に行って確かめてみよう」と冗談半分に言い出すたびに、英子の胸はひやりと冷たくなる。

 家に帰る道すがら、英子はひとり、言いようのない後悔を抱えていた。適当なことを言った自覚はあった。でも、今さら「やっぱりあれ、嘘だったんだ」とは、とても言えそうになかった。胸の奥に、もやのような罪悪感が広がっていくのを、英子はどうすることもできなかった。



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