ある少女と姉の会話
窓の外は、すっかり暗くなっていた。夕飯を食べ終えたあと、母は台所で洗い物をしている。その音がかすかに聞こえてくる。 英子は居間のソファに座り、漫画を膝に広げたまま、ぼんやりとページをめくっていた。隣には姉がいて、同じように雑誌を読んでいる。
「ねえ、知ってる? あの湖、幽霊出るんだって」
不意に言った姉のその言葉に、英子はぎょっとして顔を上げた。
からかうようなにニヤニヤしている姉の持つ雑誌を見ると、心霊スポットを特集したページが開かれていた。
「やだよ、そういうの。嘘話でしょ」
英子は顔をしかめたが、姉は構わず話を続ける。
「ほんとだよ。お姉ちゃん、中学の先輩から聞いたもん。昔、あの湖で女の子が自殺したんだってさ」
英子はごくりと唾を飲み込んだ。
「いじめとかで、すごく辛かったらしくてさ。それでね、今でもその子の幽霊が出るんだって」
姉は相変わらずニヤニヤしながら英子の反応をうかがっている。
英子は思わず頭の中に、薄暗い湖と、ぼんやりと立つ女の幽霊の光景を想像してしまう。
「やめてよ、そういうの」
英子は漫画を閉じ、顔を背けた。でも、心臓はどくどく鳴っている。
「なーになに、怖がってんの?」
からかうような姉の声。
「怖がってないよ」
そう言って平静を装ったが、胸の奥の不安は消えなかった。
英子はソファから立ち上がり、台所の方へ逃げるように向かった。背後から姉のクスクス笑う声がついてくる。食器棚の横に隠れるように立ち止まり、英子はそっと胸に手を当てた。 自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返した。「大丈夫、嘘だよ。そんなの本当にあるわけない。お姉ちゃんがふざけて言ってるだけだ」 小さな声で自分に言い聞かせる。だけど、誰もいないはずの場所にぼうっと立つ幽霊の姿は、どうしても頭から離れなかった




