表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

ある居酒屋での会話

「それで、なんだよ、その写真の話はよ」

 串田がグラスを置いて、身を乗り出す。木下はニヤニヤと笑いながら、酒の瓶を傾けていた。

ここは彩咲町の駅前にある古びた居酒屋だ。派手さはないが、地元の連中がよく集まる場所で、串田と木下も十年来の飲み仲間だった。

 カウンターの隅では、馴染みの客が焼き鳥をつつき、テレビからはプロ野球の試合が流れている。外は風が涼しく、店内には酒とつまみの匂いが立ちこめ、気楽な空気が漂っていた。

「別にどうもこうもねぇよ。ただ、ちょっと面白ぇ写真が撮れただけだ」

 木下はそう言ってグラスをあおる。

「湖がどうとか言ってたやつか?」

「んだよ。桜見湖。あそこ、深い霧が結構出るだろ」

「ああ、朝っぱらとか、夜になるとモヤモヤしてるな」

 串田はビールを口に運びながら、木下の顔色をうかがった。木下は昔から冗談好きだが、悪意のある性格ではない。ただ、ときどき妙に含みのあることを言うのだ。

「でさそこでちょっと、不思議なもんが撮れたんだよ」

 木下がニヤリと笑う。

「不思議なもん?」

「見りゃ分かるよ」

 そう言うと、木下はポケットから小さな封筒を取り出した。中には一枚の写真が入っている。

「おいおい、持ってきてたのかよ」

 串田は笑いながら写真を受け取った。

 写真を見た瞬間、思わず息を呑む。霧の立ちこめた湖面の上に、黒い影のようなものが、ぼんやりと立っているのが写っていた。

「これ……何だよ」

「さあな。不思議なもんだろ」

 木下はまたニヤニヤと笑い、煙草に火をつけた。

 串田は写真をまじまじと見つめた。確かに、ただの偶然や光の加減とも思える。だがなにかそれ以上に不気味なものを感じるかと言われれば、そういう気もした。

「どうやったんだよ、これ」

「それはまた今度、ってやつだ」

「はぁ? 何だよ、気になるじゃねぇか」

 そう言いながらも、串田は笑った。周囲の客たちも、ちらほらと話に耳を傾けはじめている。こういう話題は、酒の肴としてちょうどいいのだ。

「なあ、それ本当に細工はなしなんだろうな?」

「信じるか信じねぇかは、あんた次第ってやつだ」

 木下が悪戯っぽく言い、グラスを傾けた。

「しかしなんにせよ、お前も物好きだなぁ」

 串田はグラスのビールを一気に飲み干す。

「霧の湖なんて、昼間でもちょっと不気味だってのに、わざわざ写真撮りに行くとはよ」

「カメラマンってのは、どこにでも行くものだ」

「アマチュアの癖にいっちょ前だわな」

「ちげぇねぇや」

 そう言って、木下は笑った

 串田は写真をもう一度見つめ、ふっとため息をついた。

「まあ、でも確かに不思議だわな。幽霊とか、そういうのは信じちゃいねぇけど」

「俺も別に、幽霊だなんて一言も言ってねぇだろ。ただ、不思議な写真だって言ってるだけだ」

 木下はそう言い残し、再び煙草の煙を吐き出した。その横顔はどこか楽しそうで、秘密を抱えている子供のようでもあった。

 やがて、夜も更け、店の暖簾が揺れるたびに冷たい夜風が入り込んでくる。その風に心地良さを感じながら、串田はさきほどの写真のことを考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ