ある女子大生の行動
彩咲町には桜見湖と呼ばれる場所がある。そこは緩やかな山道を行ったさきの森林の中にあり、春になると湖周辺の桜が咲き、とても美しい景色を見ることが出来る。シーズンになると沢山の人が見物にくるけれど、ほとんどは町の住人だけで、訪れる観光客の数はそれほど多くない。隠れた観光スポット、ということなのだろうと思う。
さて、そんな桜見湖には、一つだけ奇妙な噂がある。いわゆる都市伝説というやつだ。そのような表現がされているとき、殆どの場合、その内容は暗く陰鬱だ。都市伝説という言葉が基本的には悪い意味、不気味な意味で使われているというは自明だろう。
桜見湖に関する都市伝説も例に漏れず、不気味なものだ。
「えっと、湖の上に人影が見えるんだっけ?」
大学が終わり、私と友人の井原由美子は駅前の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。由美子とは大学に入学してから知り合ったため、それほど長い付き合いではない。しかしなんとなく気が合い、大学の講義が終わると、こうして喫茶店で談笑するのが日課のようになっていた。
「そうそう、そんでその影っていうのがさ、湖で自殺した女の子なわけよ」
私が言うと由美子はコーヒーを飲み、腕を組んだ。
「あー、確かにそんな話だった。思い出してきた。小学生くらいのとき、なんかよく聞いたわ。見ると呪われるんだっけ?」
「呪われるというか、死ぬ?」
「それ、なんか違うの?」
「わからん」
椅子に寄り掛かり、私は続ける。
「なんであれ、湖面に立つ少女の影を見ると死んでしまう。そういう話」
「ふーん」
由美子はあまり興味がなさそうだった。お互いに気が合うには合うが、こういった趣味のレベルでは、そういうわけではない。私は心霊やオカルト的な話が好きだが、由美子はあまり興味がない。由美子の趣味は洋裁だが、私はその辺りに興味は一切ない。それでも彼女が話をはじめれば聴くので、この状況はあいこだ。なんなら、私が由美子の趣味の話を聴かされていることの方が多いと言える。
「というか、なんで影?」
「さぁ」
「わからんのかい」
由美子は煙草を取り出して火を付けた。私はこちら側にあった灰皿を彼女の方に滑らせてやる。
「うーんまぁ、都市伝説なんてそんなものじゃない?」
「まぁそうかも」
由美子は煙を吐き出す。
「影を見て死ぬ理由も分からない」
「確かにね」
私は笑いながら頷き、続ける。
「でさ、いきなりなんだけど、私、その影を成仏させられるかもしれないの」
「はぁ? なに言ってんの?」
困惑しているような笑っているような表情で、由美子は言う。
「どういうわけかさっぱりわからんぞ」
「まぁ、そりゃそうだよね」
「だから、どういうことなわけ?」
「秘密」
「秘密って、お前」
「まだ確信があるわけじゃないんだけどさ。まぁ出来るかもって感じ、今度ね、ちょっと試してみようと思ってる」
「なーんか怪しいの」
由美子は肩を竦め、煙草を灰皿でもみ消した。
「なんであれ、危ないことはするなよぉ」
「分かってるって」
笑顔で答え、私はコーヒーを飲み干した。
そう、危ないことはない。
ただ、一つの都市伝説をその座から引きずり下ろすだけだ。
こういったことに興味ある人間というのは、超常現象の実在を信じている面ももちろんあるのだが、同時に信じていない、というより解明してみたいという欲求もあるものだ。少なくとも、私にはそういう側面がある。
だからこそ、私の中には超常現象を知ったとき、これはなんなのだろうかと冷静に考える自分がいる。
そして今回、私は桜見湖の都市伝説に一つの解を得た。
これが正しいのか、誤りなのかはまだ分からない。
確かめみて、誤りであったなのならそれでも良い。
正しくても、それで良い。
現実であるか虚実であるのか。
さぁ、どちらだろう。




