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ライバル

作者: さっちん

『第二位、エントリーナンバー三八、新庄天音さん』


 アナウンスが流れると同時に、会場全体がどよめいた。驚きの声を上げる人、ひそひそと囁きあう人。まばらな拍手。

 次第にもとの静けさを取りもどしても、さざ波のような喧騒はやまない。


 気遣うような視線が私の体へ纏わりつく。当然のように優勝を期待されて、二位という結果に落胆して気遣う。勝手に期待するのも、落ち込んでいるだろうと腫れもののように見るのも、大きなお世話だ。


 私は散歩へ行くような気軽い足取りで、舞台の中央へ歩いていく。砂糖を焦げるまで煮詰めたような黒くて甘苦いどろどろした視線を、馬鹿みたい、と胸中で一蹴しながら。

 審査員長から賞状を受けとり一礼、審査委員、コンクール主催者へ一礼、会場に一礼してからもとの位置へ戻りようやく鬱陶しい視線も落ち着く。


「……天音ちゃん」


 小声で話しかけてきたのは、勝山愛美。

 淡い空色から深い群青のグラデーションのドレスを着て、吸い込まれるように綺麗な碧眼に、すすきのように癖毛金髪の少女。国籍も名前も日本人なのに、外見は外国人の母親譲り。ビスクドールめいた美しさに、嫉妬するより見惚れて溜息が出てしまう。


「ただの練習不足よ」


 愛美に答えながら、無意識に左手で右手の中指をさするように触れていた。二ヶ月前に怪我した指。本番の二週間前まで片手だけの練習で勝てるほど甘くない。

 もしも私の結果に驚く人がいるなら、愛美の演奏中に寝ていたのだろう。


「練習不足……? どうして」

「体育で指を怪我して」


 私が答えるのと同時に、優勝者が発表された。


『第一位、エントリーナンバー一八、勝山愛美さん』


 名前を呼ばれても、愛美は心配そうに私を見詰めたまま動こうとしない。


「天音ちゃん怪我してたなんて、わたし、知らなかった」


 愛美の碧眼に僅かに非難の色がまじり、私は思わず苦笑した。一緒のコンクールで戦うことを理解していないらしい。愛美は私の次、二番手に甘んじて満足していたから、私と戦うという意識が無い。


「ライバルに弱味を見せられないわ」

「ライバル……? 天音ちゃんにライバルなんているの?」


 あざといくらいに可愛らしく首を傾げた愛美に、苦笑しながら脇腹を肘で突いた。


「それよりも、呼ばれてるわよ。……優勝、おめでとう」


 ぽかんと呆けた愛美は、一拍置いて、きょろきょろと周りを見回す。温かくも戸惑うような大人たちの視線。君、呼ばれているよ、と声が聞こえてきそうだ。

 愛美は慌てて舞台中央へ行こうとして、足を縺れさせて、両手を大きく広げながら転んだ。漫画とかで『びたーん!』と効果音が書き込まれそうな、見ているほうも痛いヤツ。


「おめでとう」


 と審査委員長に祝福されたコンクール優勝者は、涙と鼻血を流しながら賞状を受けとった。


 数々のコンクールを総なめにしてきた女王のはじめての敗北。ニューヒロインはハーフの美しい少女。ドジで、泣き虫で、でもこいつには負けたくないと思えるような相手だ。


 この日から、私たちは親友からライバルになった。

 あの日までの一年間、私たちは確かにライバルだった。

新作のプロローグになるはずです、たぶん

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