file21:再考
6年後、三度出会った二人はお互いの近況を報告した。
あいつと話した数日後、私は疎遠になっていた老人ホームへと足を運んだ。
懐かしの再会。一人ひとりに対する挨拶の言葉を考えていた私は六年という歳月が及ぼす影響などまったく考えていなかった。
まるで長い間竜宮城で生活をしていたようだった。少し古びたが見覚えのある間取り。けれど、施設の半分以上の人間が知らない顔だった。そして、それは利用者だけではなかった。
当時ですら九十代だった葛西さんは四年前に、小太りだった佐々木さんは二年前に亡くなっていた。喋りたがりの宮崎さんは他の施設へ転出していて、私のことを覚えていてくれたのは元プロ棋士であった田沼さんくらいだった。
集中力と記憶力が衰えたのだという。車椅子にもたれた田沼さんは眠たそうに遠くを眺めて、そのまま対局は終わってしまった。以前の鋭い眼差しはどこにもなかった。
「これは、前から言おうと思っていたことなのだが」
席を立とうとした私を田沼さん呼び止めた。
「あなたの将棋は臆病だ」
「臆病……ですか?」
怪訝そうな顔をする私に田沼さんは小さくうなずいて見せた。
「たぶん一度大きく傷付いたのだろう。だが、人は痛い思いをしても前に進むべきだ」
そして視線を私に移した。白内障で濁った瞳が、それでもこちらの顔をしっかりととらえていた。
「目標を一つに絞って邁進する。実は、そのほうが案外楽なのだよ」
物覚えの悪い私だが、このときの会話だけは忘れない。鈍い後悔と重なり、それからの人生を送るうえでの教訓となった。
次回最終回です。これまで読んでくださってありがとうございました。




