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クレヨン  作者: 蒼井果実
20/22

file20:6年後

あいつとの関係は再び終わった。あいつに恋人が出来たのだ。

 時間が経つのは早いもので、気がつくとあれから六年が過ぎていた。

 三十も目前となった私は長い臨採教師としての生活に終止符を打ち、どうにか希望した美術科教師の職についていた。

 イチョウの葉が校庭中を黄色く染める午後のこと。閑散とした午後の職員室で、私はあいつと二度目の再会をした。

 あいつは理科の実験用教材を扱う業者の営業をしていた。

 高校時代、休日の待ち合わせはいつも駅前のファーストフード店だった。私が後れていくと、あいつは決まってコーラのSサイズを飲みながら音楽を聴いていた。大学四年になり、三人で過ごした短い間はファミリーレストランだった。そして六年の月日が経ち、当時手の及ばなかった場所で私達は向かい合って座った。

 ゆったりとしたジャズが流れる店内は盛りを迎えるにはまだ時間が早く、客の姿は疎らだった。

 私達は互いの知らない時間を話した。といっても、私にいたってはそれほど話して聞かせる内容がなかった。採用試験に受かって去年の春から今の学校に勤めていること。父が癌を患ったものの、早期発見のため大事には至らなかったこと。今年は二度海外旅行へ行ったこと。あまりに薄っぺらな変化のない日々に、私は話していながら自分の口が重くなっていくのを感じた。

 一方のあいつだが、画家になれなかった。アルバイトで食いつなぎ、独学の末何度も展覧会に応募をしてみたのだけど、這い上がることはできなかったという。井の中の蛙。上には上がいた。それから保険会社や旅行代理店などの営業職を転々として今の会社に流れ着いたそうだ。もう介護の職に戻るつもりはないという。

 付き合っていたあの女性とも、しばらくして別れてしまったらしい。

 妹との生活から離れ、それを代償にして目指した夢は叶わず、大切なものを次々と失っていったあいつ。その疲れた顔は外回りで日に焼けていることも手伝い、年齢よりも老けて見えた。

 互いの近況を明かし、少し打ち解けてきたと感じた私はあいつのアパートで女性と鉢合わせたときのことを話した。

「もちろん驚いたし、何日か食べ物も喉を通らなかった。でもね、痛みは覚えたけど、心のどこかで納得している私もいたのよ。自業自得だって」

 仕事に追われることで日常生活を送ることができた。立ち直りは早かった。そもそも失って崩れるほどの思いなど、そのときすでに無かったのかもしれない。あいつのことを求めておいて、いざ苦しんで助けを求めているときに、それを知っていながら残酷にも見捨てたのだ。私は一緒におぼれ傷付くのが怖くて逃げ出したのだ。

 やっぱり、自分の心はどこかで高校三年のあいつの裏切りを責めていたのかもしれない。復讐という言葉がしっくりときた。だから、これほどの仕打ちができたのかもしれない。

わかりきっていたことだけど、振り返ってみてやはり私は利己的な女だと感じた。


あと2話で終わる予定です。

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