file15:3月に入り
同窓会の後、華子は弱音を聞かされた。どうしても高校3年の冬を思い出してしまい、責めてしまいそうになるが、良い兄としての姿を認めてもいた。ただ、ひとつ。あいつに対して伝えられないのは、愛の言葉だけだった。
3月に入り、いつものようにあいつのアパートで過ごしていた私は由香ちゃんと一緒に奥の部屋へと追いやられた。
いつも由香ちゃんを預かってもらっている親戚の叔母さんが突然訪ねてきたのだ。
叔母さんは退職する前は旧養護学校(現在では特別支援学校という)の高等部で教師をしていたらしい。職業柄なのか、私はこのとき初めて耳にしたのだけど、ふすまを隔てたこちらの部屋まで届くほど明瞭で大きな声だった。
「ここなんてどうかしら?」と叔母さん。「私の生徒だった子も入っているんだけど、良いところよ」
どうやら叔母さんは、パンフレットのようなものを見せて説明しているらしい。そして驚かされたのだが、どうやらそれは由香ちゃんを滞在型の更生施設へ入所させてはどうかという話だった。
叔母さんの教え諭すような言葉が聞こえた。
「あなたのこれからの人生はどうなるの。まだ若いんだから、何でもできるのよ」
やり取りから察するに、こうして勧められたのは初めてではないようだった。
きっと日頃お世話になっている手前もあるのだろう。あいつの返答は肯定するでも否定するでもなく、曖昧模糊として内容を得なかった。
「入所させることは悪いことじゃないの。決して由香ちゃんを見捨てることにはならないのよ」
そう言い残して叔母さんはアパートを去った。
パンフレットを隠しているのだろうか。あいつの様子を知りたかったのだけど、なかなかこちらへ来て良いという合図がかからなかった。
ふすまに顔を近づけて聞き耳を立てていた私はやきもきして、ふと後ろを振り返った。すると、こちらの鼻がつくすぐ近くの距離に由香ちゃんのそれもあったので、『うわっ!』と思わず男のような声で驚いてしまった。
ふたつの大きな瞳はパチクリと何度か瞬きをしてこちらを見つめていた。
由香ちゃんは表情を変えずに口を開いた。
「盗み聞きいけないんだよ」
「そ、そうだね。少し気になっちゃって」
どうしたら良いのかわからず、私はとりあえず作り笑いを浮かべた。
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