file13:いじわる
由香と打ち解けて、あいつとも再び仲良くなった華子。しかし、三人で過ごしていくうちに、いくつか気がかりなことができていた。
気がかりを残したまま二月になり、季節はもうすぐ春を迎えようとしていた。
そんなとき、同窓会の案内は突然やってきた。
あいつと会うことが気まずくて、始めの二年は欠席していた。それからの二年は逆に期待して顔を出したが会えなかった。生活に追われていては無理もない。事情を知った今、五回目の同窓会も参加できないとわかっていても、私の気持ちは穏やかだった。
けれども何が起こるかわからないものである。何気なく話題にしたのがきっかけとなり、管理職の鶴の一声であいつの夜勤は来週に変わったのだ。
休憩中の雑談には参加していなかったために、あいつはシフトの変更理由を聞かされていなかった。 だから自分のためだと知ったときには、頭を下げっぱなしだったようだ。
それでも私に怒って噛み付くことも、文句をたれることもなかった。それがあいつの性格だし、何より五年ぶりに旧友たちと会えることはまんざらでもないようだった。
あいつは由香ちゃんの心配をしていたのだけど、もともと月に数回ある変則勤務の際は親戚の家に泊まるようになっていたため問題はなかった。もちろん、彼女には仕事と嘘をつかなければならない。それだけが心を痛めた。
あいつのアパートで親戚の家へと向かう由香ちゃんの準備をしていたときである。『華子ちゃんいいニオイ』と上着のボタン留めを手伝っていた私は由香ちゃんから指摘された。
香水だけではない。汚れることの多い美大生の生活では決して身につけることのないスカートやタートルネックのセーター。おまけにその中に隠されたいかにも安そうなペンダントはいわく付である。私の全身はここ一番で身に着けるお気に入りでまとめられていた。
硬直した私に由香ちゃんが尋ねた。
「どこいくの?」
「う、うん。ちょっと友達と映画を見るの」
「由香も見る!」
そしていつものピョンピョンと跳ぶ動作が始まったが、アパートでは一階の人に迷惑をかけるため日頃から注意をされていたのだと思う。お兄さんから名前を呼ばれただけで、元気なウサギはシャキッと正座になった。
それでも六畳の部屋中に漂う違和感は払拭できなかった。
「立派にしていたら明日買い物に行こう。そのとき、好きなお菓子二個買っていいからさ」
どうやら慣れていないらしい。いつもなら交換条件など出すはずがないし、お菓子二個というのも破格である。
妹に嘘をつくぎこちなさを見て、本来正直者であるあいつが罪の重さに苦しんでいることは容易に想像できた。
私は兄と妹の信頼関係を踏みにじる悪い女だ。それはわかっていた。でも、たまには良いはずだ。わだかまりを抱えた四年七ヶ月に比べれば、ほんのささやかものである。
今更仕返しというわけでもないし、仕方の無いことと言ってしまえばそれまでのことである。そもそも喧嘩の原因すら知らない由香ちゃんに恨む理由などあるはずもない。
けれども、そうだとわかっていても、理屈では片付けられない感情もある。あいつにとって何が大切なのかと考えるたび、私の胸はジクジクと痛んだ。
五年前、天秤にかけられた私は油絵とともに彼女に負けた。その気持ちが何度否定しても消えずに残ってしまう。だから少しだけ意地悪になってしまうのかもしれない。
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