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【SIDE 虹色スライム】会いたかった人

 スライムの細胞とは、歴史だ。

 その一つ一つがこれまでどう生きてきたかという軌跡である。

 

 だから虹色スライムは、世界の知識もあればこの楽園の主についても知っている。

 そもそも自分が生み出されたのは、素晴らしい環境を用意してくれたからだ。

 自分が生まれたのはその人のおかげであって、すぐにでも会いたいと虹色スライムは思っていた。


 そして、できることならば気に入られたい。

 だから持てる知識を総動員してその人に好かれそうな姿になろうと試みた。


 人間に好かれるためには、人間の姿の方がいい。

 人間の中で偉いとされている人の見た目に近い方がいいのかな。

 恋人が欲しいって思ってそうだからそういう感じだよね。

 でも、子供を持てないことを後悔してるとも言ってたっけ。

 同い年くらいの見た目? それとも子供くらいの見た目?

 うーん、どっちでもいいや!

 

 親のスライムたちの記憶の断片を繋ぎ合わせ、虹色スライムは自分の見た目を作り上げた。


 その擬態は完璧だった。

 楽園に暮らす彼女の生みの親であるスライムたちも、彼女が虹色スライムだとわからなくなってしまうほどに。


 完璧な姿になったから、あとはその人に会うだけだ。

 しかしその人の姿は見当たらない。

 

 さんざん楽園の中を探し回ったが、彼は見つからなかった。

 だから柵から出たところで待っていると、その人が現れた。


 ラフなチュニックを着た細身のおじさん。

 目には少し疲れが浮かんでおり髪もぼさぼさだが、それも働く男という感じで彼女には好感が持てた。


 その男は怪訝そうに話しかけてきた。


「こんにちは。お嬢ちゃん、どうしたのかな? 迷子?」


 ドロルだ。

 ずっと会いたかった、ドロルだ。

 でも、なんかそれを素直に言うのは恥ずかしい気がする。


 彼女はどんな表情を作っていいかわからず、少しむすっとしてしまう。


「違うよ。ドロルを待ってたに決まってんじゃん」


 言葉尻も少し強くなってしまったかも。やだ。

 ドロルの顔が見えない。


「そうなんだ。君の名前は?」


 ……どうしてドロルはそんなことを言うのだろう。

 想像と違う言葉を聞いて、彼女は寂しい気持ちになった。


「ドロルがつけるんじゃないの?」

「…………なんで?」

「タレッタも、シャルロッテもドロルがつけた名前でしょ。あたしにだけつけてくれないなんて、ズルいじゃん!」


 そうだ。ずるい。

 みんなみんな、何も言わなくてもドロルが名前をつけてくれていたのに。どうして自分だけ!


「ご両親は、近くに住んでいるのかな?」

「そうといえばそうだし、違うといえば違うかな」

「じゃあ仮に住んでいるとして、ご両親はどこに?」

「そこ」


 本当はもっと楽しく話したいのに、どうしても言葉はそっけなくなってしまう。


「なるほど……ね」


 ドロルは少し困惑したような表情を浮かべていた。

 嫌われちゃったらどうしよう。もっと素直にしなきゃ。


「ところで、これからガヤイの街にいくんだけど、君も行く? 結構な時間馬に乗ることになるんだけど」

「うん」


 いきなりだけど、一緒にどこかに行くみたい。

 ドロルと早く仲良くなれたらいいな。


 たくさんの記憶を引き継いでいるとはいえ、彼女はまだ生まれたばかりだった。

 自分の気持ちをコントロールする術さえ、まだ彼女は持っていない。



 ◆   ◆   ◆


「馬は怖くない?」

「はぁ? 魔物でもあるまいし、怖いわけないじゃん」

「強気だねぇ。乗馬の経験があるの? ……ええと。名前を教えてくれないかな」


 どうしてドロルは自分に名前をつけてくれないのか。

 彼女はそれがすごく不満だった。

 

 しかし、まだドロルと出会って短いが彼は察しの悪いタイプな気がする。

 もう少しはっきり言った方がいいかもしれない。


「ドロルが付けてって言ってんじゃん」


 ……また少しきつい言い方になってしまった。

 ドロルが不快に思っていないか心配だ。


「君のご両親はうちの牧場にいるんだったね」

「まぁ」


 両親どころの話ではない。

 たくさんの親がそこに住んでいる。


「じゃあ」


 ドロルは少し顔を傾いで、考えるそぶりを見せた。

 そして、とってもいい案を思いついたように顔を輝かせた。


「君の名前はスーにしよう。スライムのお嬢様だ」


 素敵な名前。

 彼女は素直にそう思った。

 スー。あたしはスー。とってもいい響きだ。


 そして、快感が貫いた。


 彼女の体の中心に。

 まるで初恋の人に受け入れられたような高揚感。温かくて、寂しくなくて、細胞の一つ一つまでが喜びに包まれるような。

 むしろこれは、それそのものかもしれないけれど。


 彼女は確かに感じた。

 この瞬間、ドロルと繋がったのだと。


「えへへ。スー。スーって、素敵な名前だね」


 スーは今、馬上でドロルの腕に包まれている。

 彼の呼吸を、彼の温かさを感じる。


 嬉しいなぁ。

 これからずっと、こんな瞬間が続けばいいのに。


 ふとドロルを見た。

 彼はなぜか、白目を剥いて力が抜けていた。


 え?


「ちょっと、しっかりしてよ」


 バチン、と頬を叩いていた。咄嗟に。

 

「——ごめん。なんだか僕、おかしくて」

「気を付けてよね。スーと一緒にお馬に乗ってるんだから!」


 ドロルは少し抜けたところがあるみたい。

 何が起きたかわからないといったような、とぼけた表情を浮かべている。


「何か変なことでもあった?」

「い、いや……ないけど」

「ふふ、あたしはあったけどね。でもとにかく、お馬に集中するように!」

「そ、そうだな」


 自分がしっかりして彼を助けてあげなきゃな、なんてスーは思った。

 そんな関係性になれれば、きっとこれからも楽しそうだ。

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