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ドロルの悪癖

 服を着替えたダリューは、店のモップを借りて拭き掃除をしながら言った。


「残念ながら、俺の知り合いにはいなそうだ。それどころか、ここら辺の子じゃないかもしれない」

「……そうですか」


 せっかく有名人に鑑定までしてもらったのに、何の成果もでなかった。


「ねぇドロル。もう帰らないと、夜の餌の時間に間に合わないよ」


 なんの成果もないまま、二人はギルドを後にした。

 ドアからでるとき、スーはドロルの腕に絡みついていた。ドロルはなぜかそれが無性に愛おしく、ギルドに匿ってもらうなんてアイディアはいつの間にか吹き飛んでいた。


 今日分の食料はあるのだ。

 問題を先送りして、ドロルは自宅に戻ることにする。


 昼過ぎのカンカンの日を浴びながら山道を走る。


「ところでさ、どうしてこんなに離れた街に買い付けにくる必要があんの?」


 心底不思議そうに、スーはそんなことを聞いてくる。


「僕の牧場があるのは辺境の地、フォーゴトン。他に近くの街なんてないんだよ」

「でも買うのって、魔物の干し肉とかでしょ」

「そうだけど?」

「別にその辺の森で取れるじゃん」


 スーの言葉はその通りだ。

 特に重要なアルミラットは、確かに牧場からそう離れていない魔物の森に住んでいる。

 しかし、である。


「無理だよ。魔物を狩ってくれる冒険者が住んでない」

「ドロルが狩れば? むかし冒険者だったんでしょ」


 なぜそんなことを知っているのだろう。


「僕はダメだよ。僕はまともに魔物を使えないモンスターテイマーだからね」

「そんなことない!」


 スーは驚いたように、大きな声で否定した。


「ドロルは凄いモンスターテイマーだよ。あたしは知ってるよ?」

「ははは、そう言ってくれると嬉しいけど、残念ながらダメダメなのは本当だ。なにせ僕はスライムしか使役できない」


 スーはむくれるように頬を膨らませた。


「牧場のスライムだって弱くないよ。連れていけば肉用のモンスターくらいは捕まえられると思うけど」

「確かにアルミラットくらいならなんとかなるだろうね。でもその森にはオークが出るんだ」

「オークなんて……」


 何かを言いかけたが、スーは口をつぐんだ。

 そして、なんだか悔しそうに呟いた。


「ドロルは自分をみくびりすぎだよ……」


 ドロルはスーが、どうしてそんな風に思ってくれているのかはわからない。また、そうであればどれだけよかったのか、とも思う。

 しかし、ドロルは違う。戦闘に出れば邪魔なだけの、欠陥スライムテイマーなのだ。



 ◆   ◆   ◆


  帰り道、スーは妙に道を指示してきた。


「こっちに向かって」

「あ、ここが近道だよ」

「違うよ、こっちって言ってんじゃん!」


 そしていつの間にかに辿り着いたのは魔物の森だった。


「おい、ここって」

「少し捕まえてこーよ。ついでじゃん」


 スーはまるで地理を完全に把握しているかのように的確だった。ドロルは気がつかないままに、二人はいつの間にか深い森に入り込んでいたのだ。

 そこかしこに魔物の気配を感じる。それもドロルからすれば急に、だ。先ほどまでまったく感じなかったのに。


「なんてことだ。僕はなんの装備もないんだぞ!」

「はぁ? テイマーなんだから、魔物に戦わせなよ」


 頭を抱えてしまう。

 しかし、スーに当たってもなんの意味もない。

 

 とにかく退路を探さなければ。

 ブリーダーとして、テイマーとしての感覚を研ぎ澄まし、モンスターの気配を読み解く。

 恐ろしいことに、全方向にモンスターがいるようだ。


 なぜだ?

 どうしてこんなことになった?


 全方向にモンスターがいるのならばせめて……。

 ドロルは馬から降りてそちらに歩みを進める。


 ドロルがぱきりと枝を踏み折ると、それは姿を現した。


 岩スライムだ。岩スライムはスライムの中では硬い種族で、転がって体当たりするだけで致命傷を与える威力を誇る。それでいて不定形のため防御も鉄壁だ。


 岩スライムはドロルを見つけ、ガチガチと威嚇音を鳴らし始めた。


「なんて可愛い岩スライムだ!」


 野生の岩スライムを見たドロルの素直な感想だった。牧場の岩スライムよりも警戒心が強そうで、全神経を研ぎ澄ませている様は美しくもある。


「大丈夫だよ。僕は仲間だ」


 ドロルは三角座りをして体を小さく丸め、ゆらゆらと揺れた。自分はスライムだ、ドロルスライムだと思い込み、そのまま体を倒してコロコロと近づいてみる。


 岩スライムはそれをなんとも不思議そうに見ていた。不思議そうに見ている、ということは警戒心が一段階下がった、ということだ。


 ——僕は不定形のドロルスライム。

 いつもコロコロと転がって、餌のモンスターに覆い被さって溶かして美味しくいただいてるスラ!


 ドロルは野生のスライムを見つけたとき、いつも自分もスライムになったつもりになる。誰かに習ったわけじゃない。

 ただそれが楽しいからやっていた。

 意味があるかもわからない。


 とにかく、楽しいからやっているのだ。


 ——ああ、これこそが至高のときスラ。


 コロコロ転がり、岩スライムのすぐそばまで辿り着き、岩スライムをまっすぐ見つめた。

 ギョロリした岩スライムの視線とドロルの視線が交錯する。


 もうそこまでくれば、わかっている。

 二つの個体は、マブダチになれる。


 不定形のドロルは体の一部を突起させ(手を伸ばし)、岩スライムに触れた。

 岩スライムは拒まなかった。


「君は警戒心が強くて猫みたいだね。岩猫ちゃんと名付けよう」


 テイム。

 その瞬間、ドロルの全感覚が岩スライムの魔石を包み込む。岩スライムの警戒心がさらに弱まり、次第に、ドロルと岩スライムは本当の家族になっていく。


 岩スライムの魔石からエネルギーが流れ込み、それはドロルにとって微かな快感となって伝わった。

 もう大丈夫だ。


「これからよろしくな! 岩猫ちゃん」

「カチカチ」


 岩猫は楽しそうに跳ねて応えた。

 

 さて、喜ぶのはここまでだ。ドロルは急いでスーの元に戻った。


「スー、良かった。無事か」

「凄いね。もうお友達が増えたんだ」

「ああ、岩猫ちゃんだ」

「カチカチ」


 これで守ることができる。

 ドロルはスーと馬に乗った。


「来た道を戻って、なるべくはやく森から出よう」


 そちらも魔物に回り込まれている気配はあるが、しょうがない。ドロルは手綱を操って馬を進める。ペースはゆっくりだ。岩猫の転がるスピードでも付いてこられるように。


 木漏れ日が徐々に弱くなりつつある。太陽が落ちつつあるのだ。

 そしてやや開けた場所に出た瞬間、アルミラットが飛び出してきた。あまりにも猛スピードで、馬に向かって角を突き出すように。


「岩猫ちゃん!」


 ドロルの叫びに応えるように、岩猫は素早く転がり出た。

 その硬い体を生かして、アルミラットと正面からぶつかり合う。


 どごおん、とものすごい音が響いた。

 それでも岩猫はほぼダメージを受けず。反対にアルミラットはその場で気を失っているようだ。


「すごいぞ、岩猫ちゃん!」

「カチカチ」


 岩猫は得意げに跳ねて応える。

 ドロルはすぐさま降りてアルミラットをロープで縛る。


「やった! 飼料もゲットだ!」


 スーの方を見て笑いかけた。


「だから言ったじゃん。餌はドロルが取ればいいって」


 スーはなんだか得意げだった。

 確かに多くのスライムは弱い魔物だといえど、相性を考えればまったく戦えないわけではない。工夫すれば、自給自足でいけるのだろうか。


 そんな楽観が、一瞬ドロルを包んだ。

 その瞬間だった。


 ふわりと空から現れたのはディケイバード(腐れ鳥)だ。

 ポタポタと黒い液体を垂らしながら岩猫の上を飛ぼうとしていた。


「まずい!」


 あの液体は魔力の込められた毒である。岩スライムは物理攻撃にはめっぽう強くても、魔法や特殊効果はまったく防ぐことができない。あれを直接くらえば、岩猫は致命傷になりかねない。


 気がついたらドロルは走り出し、岩猫に覆い被さっていた。


「何やってんのドロル!」


 黒い液体はドロルの背中に飛散した。

 背中に焼けつくディケイバードの毒は、しかし岩猫には届かなかったようだ。


「よ、良かった」

「カチカチ」


 岩猫は嬉しそうに跳ねている。


「良くない! その毒は致命傷になる! 岩スライムは、そこまで喰らいはしなかったのに!」


 スーの喚き声を聞きつつ、頭上ではディケイバードがどこかに飛んでいってしまったのを確認した。危機は去ったのだろうか。


 しかし。

 背中は何かが蠢くように、焼けつく不快感が増していった。毒が表皮を溶かしながらドロルのより深くへと届こうとしているのだ。


 ふとドロルの中では冒険者のパーティに加わりモンスターと戦闘していたときの記憶が蘇った。

 そのときもこうだった。


 ドロルの役割はスライムを使役してパーティメンバーの盾とすることなのに、ドロルはそれに徹しきれずに自分が前に出てしまうことがよくあった。回復術師に迷惑をかけることになるのはわかりきっていたのに。


 ドロルは昔から、仲間が自分の代わりに傷つくことが許せなかった。自分の代わりに仲間を傷つけさせることこそ、ドロルの役割だったのにだ。


 背中の痛みを気合いで忘れ、ドロルは立ち上がる。


「スー、早く行こう」

「馬鹿、こっちのセリフ!」


 しかしドロルは、その瞬間に見てしまった。

 スーのすぐ向こうに立つ。その巨大な魔物を。


「グランデ……オーク……?」


 確かにこの森にはオークが出現する。

 だから、近い種族のグランデオークがでることはおかしくはない。グランデオークは巨大な人型の魔物で、Aランクパーティでも全滅させられることがあるほど危険なモンスターだ。


 そしてモンスターは、明らかにスーを狙っていた。

 スーはそちらを返り見た。その表情はうかがい知ることはできない。


「はぁ。ドロル、もうじっとしていてよ」


 なぜかため息混じりのスー。

 ドロルにはその言葉の意味がわからない。ドロルは胸元の岩猫をぽんぽんと叩いた。


「悪いな岩猫ちゃん。スーを頼むよ。森の外まで守って欲しいんだ」

「カチカチ」


 岩猫は嬉しそうに飛び跳ねていた。

 大丈夫だ。きっと岩猫が守ってくれる。


 スーはおそらく、一人でも乗馬はできる。スーと岩猫であれば、グランデオークさえなんとかすればきっと森から抜け出てくれるだろう。


 グランデオークはその巨大な腕を振り上げた。

 スーと馬を吹き飛ばすほどのインパクトの予備動作。


 ドロルはその間に飛び込んだ。


「スー! 逃げてくれ!」

「はぁ⁉︎」


 グランデオークの拳は見事ドロルを捉えた。骨をミシミシと砕き、内臓の壊れてはダメな部分が破損した気がした。しかし、上手くやった!


 グランデオークはドロルを目で追ったのだ!


 ——今のうちに


 叫ぼうとしたが声はでなかった。しかし、こちらにグランデオークの二打目が飛んできた。

 ああ、よかった。

 これだけ時間があれば、スーと岩猫はどこかに逃げてくれるだろう。


 インパクトはドロルの顔面を捉え、そのまま彼の意識は潰えた。


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