【SIDE ???】相棒への言葉
???は気分よく夜空を飛んでいた。
偏屈な老害おじさんを一人この世から追放できて心底満足していたのだ。
ただ。
「あのおじさん結構強かったなぁ。今度はああいうおじさんを使役するのもいいかもしれないね」
それにしても、あんなおじさんがまだ幼体とはいえシルバードラゴンをここまで苦しめるとは意外だった。やはりこれからいろんな『お楽しみ』を行うには、竜の成長を待った方がいいかもしれない。あるいは、強制的に育て上げてしまうかどうか……。
なんてことを考えながら飛んでいられる時間はすぐに終わった。
なぜかだんだんと、シルバードラゴンの高度が下がり始めたのだ。
「ん? どうした、ちゃんと飛べよ」
しかしドラゴンは体の自由が効かないようで、苦しそうな悲鳴をあげつつふらふらふらふら羽ばたくことさえ覚束ない。
「なんだ、食あたりか?」
こんなところで墜落されても面倒だ。
???は優しくも回復魔法をつかってやろうかと思った矢先にそれは起こった。
竜の背中から、唐突にドロリが生えてきた。
「うわ、キッショ!」
直後???はドロリに組みつかれ、そのまま一発顔面を至近距離で殴られた。
「ふぼへ! な、何をするんだ! や、やめ——」
「——撤回しろ!」
何を?
???は必死に先ほどまでの流れを思い出し、撤回すべき点を探した。
「ご、ごめんよ! ろ、老害って言ったのは、確かに世代間格差の対立を煽る結果にしかつながらないよな! も、もうこんなことは言わないよ!」
「違う!」
「え?」
ドロリがさらに一発顔面を殴ってきた。
人間のそれとは思えない重い一発が、???の顔面を歪ませた。
「——あ、あの、何を……」
「シルバードラゴンを……相棒を奴隷といったことを撤回しろぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「え? そこぉ!?」
どごぉん、と重い一発を???は貰い、さらにはシルバードラゴンもすでに飛ぶことができず地面に墜落した。
???とドロリは竜の背から放り出されたが、しかし組みつかれたままだ。
その執着に???はおののいた。
「ド、ドロリはシルバードラゴンに噛み砕かれて、食べられたんじゃなかったの?」
「噛み砕かれようが関係ない! 僕は不定形だスラ!」
?
……なに言ってるの?
「スラ?」
「ああ、間違えた。自分はスライムだと思い込むことで、ドラゴンの腹の中で一つに纏ったんだよ!」
どごぉん!
「ま、待ってやめてくれ! じゃあ、わざとシルバードラゴンに飲み込まれたっていうのか!?」
「…………結果的にはそうだよ!」
どごぉん!
「いやいま間があっただろ! ちょっと嘘ついたよな!」
「うるさい!」
どごぉん!
結果的にそうだったとしても、なるほどそれは合理的な戦い方かもしれない。なにせ灼熱かつ硬い外皮をもつシルバードラゴンであったとしても、体の内側はそう強くはないからだ。
何度も何度も殴られていては、???の自己治癒魔術も追いつかない。
そもそも、なんで自分が戦ってるんだ!?
「おい、シルバードラゴン! 戦え!」
「おまえの言うことなんか聞くか!」
どごぉん!
いや、聞くさ。
僕はそういう契約を、シルバードラゴンと結んでいるから。
???は自分に向けていた治癒魔法をシルバードラゴンに振り分けた。どごぉん、どごぉん。???へのダメージは蓄積し始めたが、仕方がない。
さぁ、やれ!
「シルバードラゴン!」
「だから誰がおまえの言うことを——」
「聞くんだよ! だって僕は、史上最強のテイマーなんだからね!!!」
言った瞬間、確かに竜はドロリに牙を剥いた。
しかし、その牙はドロリに届くことはなかった。
その直前で、シルバードラゴンはドロリの何かを見て驚き、動作を止めてしまったのだ。
「おい、どうした。どうしたんだシルバードラゴン! 早くやらないと、殺すぞ!」
「——史上最強のテイマーは、そんなことは言わないよ?」
???の耳に、女の子の声が届いた。
その声はドロリから聞こえた?
……まさかドロリは、女の子?
いや、違う。
ドロリの胸ポケットに小さな幼女が収納されていた。え? どゆこと?
「——だって史上最強のテイマーは、最愛の相棒に『逃げろ』って言う、そんなお人好しだから!」
そして幼女は、まっすぐな目で言い切った。
幼女が何を言っているのかが、???にはまったくわからなかった。
幼女がシルバードラゴンの方を見て、言った。
「いいでしょ? うちのマスターは」
「ギヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
シルバードラゴンは咆哮し、そしてドロリと???に向かって体当たりした。
そのまま二人は吹き飛ばされてバラバラになった。
「うげ! だがよし、いいぞ! シルバードラゴン! あいつに反撃するんだ!」
しかし。
シルバードラゴンは、首を横に振った。
「おい、どうした。やれ」
それどころか、シルバードラゴンは???に噛みついた。
え? 殺される?
そうではなかった。
シルバードラゴンはそのまま???を背中に放り投げた。シルバードラゴンは???を背中に乗せ、夜の空へと舞い上がった。
???の頭の中に声が響いた。
——負ける可能性があります。マスター。
シルバードラゴンの言葉が、直接頭の中に響き渡った。
——準備を整えて、再度挑みましょう。
それは???からすればあまりにも自分たちを過小評価しすぎているように思えたが、しかし改めて???はドロリの魔力を測った。
相変わらず人間離れしており、そして、その魔力の質が胸ポケットの幼女と酷似していた。
「……んん?」
もしかすると、こっちが本命か? 直感的にその幼女にドロリが操られているのではないかと???は思った。
そうであれば、それは侮れない事態だ。
自分とシルバードラゴンの幼体は、そもそも現時点で世界最強ではない。自分たちより上の存在に出会うこともあるかもしれず、それは今かもしれない。
癪に障るが、仕方がない。
???はシルバードラゴンの助言を受け入れることにした。
シルバードラゴンの背で夜の風を浴びながらさっさとドラクド火山に帰ることにした。
ドロリは追ってはこなかった。
向こうだって回復に何度も魔力をつかっていて満身創痍なはずだ。
まぁいずれ、彼とは再び相見えるだろう。




