普通の幼女
とにかく他に、小分けで毎日飼料を売ってくれる必要がある。
しかしその前にスーをどうにかした方がいいだろう。この幼女は美しすぎるためか、妙に街の人の視線を集めてしまって居心地が悪かった。「誘拐犯」「ロリコン」との悪口が耳に届く。冤罪である。
二人は冒険ギルドに向かった。
冒険ギルドではたくさんの冒険者たちが集まっているし、冒険者たちへの依頼を出すこともできる。
酒場もかねているため、中に入るだけでむわりとアルコール臭が広がる。屈強な男たちが陽気に酒を酌み交わしていた。
二人はまっすぐ奥の依頼カウンターへ向かった。
そこにはメガネをかけた黒髪の少女が座っていた。
「いらっしゃましましー。仕事も依頼も、酒のつまみでもなんでもござれ。冒険ギルド・カウンティの看板娘ニーニナです。今日はどういったご用件でしょうか疲れ目なおじさんとキュートなお嬢さん」
いかにも陽気な言葉は、ただし完全な棒読みだった。
ニーニナは両手で頬杖をつき、ダウナーな表情で目も合わさずに、異国の呪文のようにそう言った。
「初めましてニーニナさん。僕はそんなに疲れて見える?」
「疲れているのは日々を一生懸命生きている証拠だと思うので私はとっても応援しまくりでありますよー。そんなおじさんにはニーニナ特製とってもとってもエールをお送りします。がんばってがんばってがんばってー」
「変わった人だね、ドロル」
耳元でスーがそう言った。
気持ちはわかるが、言わない方が良さそうだ。
「ありがとう。その言葉で今日もあと半日頑張れそうだよ。ところでこの子、スーって言うんだけど、迷子なんだ。この子の保護者を見つけたいんだけど、依頼を出すことは可能かな?」
「なるほどそれでカウンティに来たってわけですねーわかりますわかります。人探しですね了解です」
「あたしの保護者はドロルしかいないから、意味ないよ?」
スーは平然とそんなことを言うが、そんなはずはない。スーとは本日が初対面なわけだし。
「できれば保護者が見つかるまでの間、ここで匿ってもらいたい。……それだと結構かかるかな」
「え、ちょっと待ってよドロル。それどういうこと」
「それではではではこのくらいの依頼料になりますねー」
「そ、そんなに!?」
スラスラと紙に書かれた数字は、ドロルにとっては大金だ。さきほど畜産店でも無駄金を使ったばかりのドロルにとってはあまりにも痛すぎる出費だった。
「ねぇドロル。ここで匿うってどういうこと? あたしを置いていこうっていうの? 嫌だ。ぜったいに嫌だ‼️」
スーは顔を真っ赤にして喚いた。
本当に不思議だ。スーは初対面のドロルにはこれほど心を開いたのに、なぜ他の人は嫌なのだろう。
ドロルの牧場よりもよほどこのギルドの方が安心できると思うのだが。人がたくさんいるのだし、知り合いが見つかる可能性も高いはずだ。
「でも、ずっと一緒にいるわけにもいかないし」
「なんで? ずっと一緒でいいじゃん。ドロルなんていつも一人なんだから、あたしがいた方が寂しくないに決まってるのに、置いていこうだなんて酷い!」
「な! いつも一人だなんてこと……まぁ、一人なんだが。それとこれとは話は別だろ!」
「別じゃないもん!」
「別だ!」
「ドロルは、あたしと離れ離れになってもいいっていうの⁉︎」
「そんなの——」
当然だろう。
そう言おうとしたドロルだが、言葉が形になることはなかった。それは言ってはいけない言葉のように感じた。
スーは、所詮は今日出会ったばかりの他人だ。
他人のはずだ。
それなのに、ドロルにとってスーはまるでかけがえのない存在のように感じてしまうのはいったい、どういうわけなのだろう。
綺麗な顔なのに目を腫らし、鼻水を垂らすスーに心が締め付けられた。
理解ができない。スーは昨日までドロルの人生に登場してこなかったじゃないか。
混乱の只中にドロルが落ち入ったとき、背後から声がした。
「人探しなら、ひょっとすると力になれるかもしれないぜ、おっちゃん」
そこに立っていたのは背の高い男だった。
纏う青いローブは知的だが、金の短髪と縦に刀傷の入った半眼は気性が荒そうに見える。端的にいえば、怖い。
「おい、あれ万能鑑定士のダリュー・クロッシェンドじゃないか?」「嘘でしょ? 【ブラッドレイン】の影の支配者ってもっぱらの噂じゃないか」「戦闘でも一流らしいな」
長身からドロルを見下してくる男は、ドロルでさえ噂で聞いたことのある男だった。
【ブラッドレイン】といえばSランクパーティだし、ダリューといえばそのパーティの中心人物でもある。
「はぁ? 誰よあんた。あたしは人なんて探してないんだけど」
「おいやめろ! すみません、ものを知らない子で。あの、お言葉はありがたいんですが、あまりお金がなくて……」
「お金はいいよ」
ダリューは不気味に笑った。
「人に親切をすると、俺の心がポカポカになるんだ」
優しいのかもしれない。
相変わらず顔は怖いのだけれど。
ダリューは真顔に戻ると、今度は両手をパーにしてスーに突き出した。
「何を」
「安心しろおっちゃん。鑑定するだけさ。知ってる血筋なら、親がわかるかも知れないからな」
血筋?
そんなことまでわかるのかとドロルは度肝を抜かれた。
「晒せ、汝のリアリティ。ステータス、オープン」
ダリューの手のひらの前が、紫紺に輝きはじめ、その光の結晶は徐々に四角く形作られた。おそらくそこにはスーの何かが映し出されているのだろう。
それを見ているダリューは、なぜか固まった。
「ちょっとなんなの?」
スーは怪訝な表情をダリューに向けたまま一歩近づいた。
そのとき、ピチョン、と音がした。
そして誰かが、おかしなことを言った。
「ねぇ、なんかダリューさんのローブ、股間のところ濡れてない」「うわ、きったね。今まさに垂れてるよ」「信じられない! 万能鑑定士のダリューがお漏らしよ!」
股間の濡れ具合は時間とともに広がり、じょぼじょぼ音を立てて床に水滴が落ちまくった。
「だ、大丈夫ですか?」
訊ねると、ダリューはギギギと首をドロルの方に向けて、言った。
「コ、コエテル。アウタッシュの戦闘力、コエテル」
アウタッシュは【ブラッドレイン】のリーダーで、当代屈指の戦士である。
「まさか、そんなわけないでしょう。スーはそこらへんにいる女の子ですよ」
実際今朝そこらへんにいたのだし。
「そうよ。そんなわけないでしょ! ちょっともう一度見てみて!」
そしてなぜかスーが慌て出した。
「ダメだスー。まずはズボンを着替えないと! ローブにまでしみてきてるんだぞ!」
「そんなのもう一緒じゃん! いま替えようが、後で替えようがその人がお漏らしさんってことはもう覆せない事実じゃん!」
「そうじゃない! 臭いんだ! しょんべん臭いじゃないか! 僕はせめて、何を話すにせよ清潔な場所で話がしたい。不快なんだ」
などと僕たちが言い争っていたら、再びダリューはスーに両手を向けて「ステータス、オープン」と叫んだ。
「あ、あれ……?」
ダリューは首を傾げた。
「ダリューさん。そんなことをするよりもまず着替えた方が……」
「普通の女の子だ。……ぜんぜん普通の、ちょっと力強い女の子だ。あ、焦ったー。なんか間違えたみたい。アウタッシュの戦闘力を超えるわけないよなーこんな幼女が! そうだよな。はっはっは。俺もまだまだ未熟なものだな。こんな見間違いをするだなんて!」
早く服着替えろよ。