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覚悟

 妙な感覚だった。

 まるでガブリの視界が、耳が、ドロルのものになったように感じていた。それはかなりぼやけたものではあったが。


 しかも、ときおりエキサイトして出てしまった声が向こうに届いていた気がする。


「おいスー、なんかガブが王都のやつらを追い払ったぞ……」

「そうみたいね」

「……でもガブリ、向こうに寝返りそうじゃなかった?」

「はぁ? そりゃ、そっちの方が得であればそうするでしょ。ただ結局裏切らなかったよ?」


 ドロルは最初こそガブリを心配していたものの、彼女の感覚を通じてすぐに実力が圧倒しているとわかった。その結果、途中から懸念材料はガブリの寝返りになってしまった。


 ガブリは大きな活躍をして、大きなお金を手に入れたいと思っている。

 だとすれば、【シャイン】に入った方が良さそうなものだと、ドロルは感じてしまう。

 そんなドロルに、スーは言った。


「ドロルの方があんなやつらよりすごいのは当たり前なんだから」


 評価してくれているのはありがたい。でもドロルには、それが分不相応に思える。


「てゆーか、あのスライムの塊はなんなんだ?」


 スーが何か言ったと思ったらスライムたちが一箇所にまとまった。それを見た面々は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。


「あれはちょっとした工夫!」


 ずいぶん大掛かりな工夫である。


「ガブはうまくやったんだから。次は、ドロルの番ね!」


 ガブリは戦った。

 そして【シャイン】に入るよりももっとデカい夢が見たいと言っていた。

 そのために、スライム牧場で働いているのだと。


「どう? 王様を脅迫する準備はできた?」


 ガブリのおかげでスライム牧場の危機は過ぎ去った。

 でも、それだけだ。

 今度はもっと戦力をまとめて襲いにくるかもしれない。おそらく彼らにとって、クイックスライムはそれだけの価値がある。


『王様を助けて欲しければ、ドロルの牧場を自由にしなさい! お金も払いなさい』


 スーはそう言えと提案した。

 その要求が通れば、ドロルはこれからものんびりスライム牧場の運営が可能だ。金額の大きさにはよるが、エドマンドのようなスライムを経験値としてしか思っていない顧客にスライムを卸さなくてもその楽園でスローライフが送れるかもしれない。


 スライムたちは一生牧場の中で、のんびり健やかに。


 ただし。

 それは。

 本当に幸せなことだと言えるのだろうか。


 そもそもスライムだって魔物であり、本来の性格は好戦的である。ずっと柵に囲まれて、餌を与え続けるだけで、満足できるのか。

 あるいはガブリは? そんな生活に、彼女の言うデカい夢はあるのだろうか。


 そんなことを考えていると、カツカツカツと階段を降りてくる何者かの足音が聞こえた。


「スー、隠れて!」

「え、なんで? え、わっ!」


 パニックになったドロルは自分のチュニックの中にスーを隠した。

 暴れるスーの動きがなんとか大人しくなったところで、ろうそくを持った衛兵が現れた。


「ドロル、起きたか? ロールズ公爵がお呼びだ。……おまえ、ずいぶん太ったな」

「いや気にしないで。ちょっとムクんでるんだ」

「へー。顔とかじゃなくて、お腹がムクむこともあるんだな」


 ドロルはちょっとした機転でこの難局を乗り切った。

 衛兵は地下牢の錠を開け、彼に続いてドロルは階段を登った。お腹にしがみつくスーが、なんだかとても温かかった。

 


 ◆   ◆   ◆


 地上に上がると、陽は傾き始めていた。

 ドロルは再び王座の間まで連れてこられ、毛足の長い絨毯の上で跪いている。横にはお馴染みのエドマンドだ。


 また先ほどと同じように貴族たちや騎士がびっしりと部屋を埋め尽くしている。案外仕事がないのかななどと、見当違いなことが頭に浮かんだ。


 ドロルに対して王は言った。


「ドロルよ……。太った?」

「いえ、そうではありません。ちょっとムクんでるだけです」

「え、大丈夫? そんな風にお腹がムクむのって変な病気なんじゃない? 見てもらった方が……」


 さすが王だ。

 庶民であるドロルに対しても優しい。


 ともかくとして、結局スーをチュニックの中から出すタイミングがなかったので、いれたままここまできてしまった。


「……いえいえ、問題ございません。よくあることなので」

「そか。それならよい」


 よかった。なんとか誤魔化せたようだ。


「ドロルよ。改めて問おうぞ。いまこの国はシルバードラゴンの脅威に晒されている。討伐に全力を尽くすべくクイックスライムが必要なのだ。其方のクイックスライムを、国に献上せよ。またクイックスライムの育成及び繁殖方法を王下ブリーダーに伝授せよ」


「お断りします」


 ドロルは垂れていた頭を持ち上げ、そして立ち上がり王を見た。


「おい不敬だぞドロル!」


 エドマンドが横でそんな声をあげるが、知ったことか。


「(行くのね? 行くのね?)」


 お腹にしがみつくスーがワクワクしているのがわかる。

 きっと今からドロルが走り出し、そのまま王を羽交締めにすることでも想像しているのだろうが、しかしそれはきっと誰も幸せにはしない。


「恐れながら申し上げます」

「……許す」

「この度の計画でクイックスライムが必要なのは、この国屈指のパーティのレベル上げに利用し、そのパーティにシルバードラゴンの討伐をさせるためだと存じております」

「左様」

「……そこで、一つ提案なのですが」


「(行くのね? 行くのね?)」


 ワクワクしすぎだろ。


「僕が代わりに、シルバードラゴンの討伐をしてはダメでしょうか?」


 王座の間が静寂に包まれた。

 ふと隣を見ると、エドマンドが口をアングリと開けて驚いていた。誰もが口をつぐんでいるので、ドロルはさらに続けた。


「僕は、自分の牧場のスライムたちが勇者一向と共に伝説になることを夢見てきました。そのために今まで、大切に育てたスライムたちをロールズ公爵に卸してきたのです。……ただそれは愚かな僕が騙されていただけでした。僕の大切なスライムは、以前からずっとレベル上げのための道具として使われてきただけでした」


 自分は愚かで、間抜けだ。

 それを、認めよう。


 そしてなんともおかしなことに、その愚かさはスライムのお嬢様によって許して貰えた。

 だから。

 自分は、未来に向かって進むのだ。


「僕が、スライムたちを勇者にします。スライムたちを、最高の戦士だと証明して見せましょう。一人のスライムテイマーとして」


 それこそが、ドロルの出した結論だ。

 ドロルは20年前に欠陥テイマーのレッテルを貼られて以来、自分で戦うことを放棄した。

 だからこそ、それに付け込んで利用されてきたのだ。


 自分で立ち。

 自分で戦え。

 もし欲しいものがあるのならば。


「(え? 王様を人質にとらないの!? ドロルの大活劇は?)」


 お腹の恩人はうるさいが、しかしドロルの決心が揺らぐことはない。

 20年も周り道して、やっと辿り着いたドロルの答えである。


 しかし、そんな妄言が通じる相手など、この王座の間に居はしない。


「それはなんとも愚かだな、おっさん」


 どこからか、声がした。

 声の主はなんとも横柄にも柱に背を預け、吐き捨てるようにそう言った。


 目を向けると、その人物は見たことある気がした。


「誰もおっさんのスライムの戦力なんざ期待してねーのさ。そんなこともわからねーのか?」


 いつかガヤイの街で出会った万能鑑定士、ダリュー・クロッシェンドである。


「(お漏らしの人じゃん)」

「しっ! 静かに!」


「なんだ? どうかしたのか?」

「い、いえ、なんでもありません。ただうちの牧場のスライムは戦えます。どうか僕にチャンスを下さい」

「一刻を争ってるのがわからねーのか!」


 ダリューが一喝した。

 場がピリピリとひりつくのがわかる。


「(え? お漏らしのくせにめっちゃ偉そうなんだけど)」

「バカ、黙ってろ!」


「さっきから何か気になることがあるのか?」

「いえ、そんなことは」

「とにかく俺たちは、おまえがシルバードラゴン討伐に行って殺されて、そのあとにクイックスライムを繁殖できるブリーダーを探すなんて時間は無い。わかるか?」


 言っていることはもっともだ。

 彼がお漏らししているシーンを見ていなければもっと説得力があったのだが。


「いいか、おまえは今すぐ示す必要があるんだ。おまえの実力を」

「それはもちろん、すぐに牧場から選りすぐりのスライムを連れてきて——」

「馬鹿野郎! そんな時間はない! いまこの場で見せるんだよ」

「…………え?」


 それはドロルが、まったく予期していなかった提案だった。


「シルバードラゴンを討伐しようっていうんだ。少なくとも【ブラッドレイン】くらいは倒せないと話にならん」


 【ブラッドレイン】。

 万能鑑定士ダリューを擁する、クローディア王国が誇るSランクパーティだ。


「わかってるか、おっさん。もう(さい)は投げられたんだよ」


「え、それってすげー卑怯じゃね?」「【ブラッドレイン】て3人組だろ? 3対1ってこと?」「うわぁ、これってただのタコ殴りじゃん」


 面々が口々に正論を口にするが、しかしもうドロルは引くことはしない。

 なにせドロルは、ガブリからのバトンを受け取っているから。


「(やったー! いよいよドロルの大活躍が始まるのね!)」


 お腹ではしゃぐ彼女のためにも、ドロルはもう前に進むしか無いのだ。


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