【SIDE スー】ケーキ爆食の翌日にて
そもそもスーは、ケーキなるものを見たことがなかった。
ドロルは簡単な食事しか作らないし、ガブリが作ってくれるデザートといえばもっぱらフルーツのパイだ。まぁそれも美味しいのだけれど。
サロンで提供されるケーキ、ケーキ、ケーキ。
——なにこれ甘ッ! 柔らか!
口の中でとろける幸せの洪水が、スーにフォークを止めることを許さなかった。
だからスーは気絶するまで食べ続け、朝起きたらベッドの上だった。
膝のところが重い。
するとそこにはドロルが寝ていた。なんだか困ったような寝顔で唸っている。どうしたのかな? 悩み事がはやく吹き飛びますようにと、スーはドロルの頭を撫でた。すると、いとも簡単にドロルは穏やかな顔になった。
単純なやつめ。
なんて思っていたらごろんとドロルの頭がズレ落ち、気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
一緒に朝ごはんが食べたいけどもう少し寝かせてあげるか、なんて考えながらスーは立ち上がり部屋を出た。
朝ごはんはどこにあるかな。
歩いているとスーはエントランスで知らない少女に呼び止められた。
「えっと、あなた。スーちゃん?」
少女はスーよりも少し大きいくらいだから、人間でいうと11、2歳くらいだろうか。ツインテールの少女は白と黒のメイド服を着ており、楽しそうにスーに手を振った。
「そうだけど、あなたは?」
「サラだよ! エドマンド様の専属メイドなの!」
そういえば王都にはドロルがエドマンドっていう人に呼ばれたから来たんだっけ。
「実は昨日サラもサロンにいてね、ドロル様とスーちゃんのことも見かけたんだ! リュナお嬢様と楽しくお喋りしてたから、邪魔するのも悪いなって少し離れたとこから見てたの」
リュナ……。
リュナといえば昨日ずっとドロルに色目を使っていた女である。まぁ最終的には美味しいケーキをたくさん持ってきてくれた良いやつだけど、よくよく考えると隅に置けない女だった。
ドロル、まさかあんな女にころっといっちゃわないよね!?
「どうしたのスーちゃん、顔が引き攣ってるよ?」
「あ、ううん。気にしないで!」
まぁ大丈夫だよね。
あたしとドロルは繋がってるんだし。
「実はね、エドマンド様がサラにね、ドロル様のお連れの人がサラと歳が近いから王都を案内するようにって! だからね、今日は一日遊んで良いんだって! ねぇ、一緒に朝ごはん食べようよ!」
「そう言うからにはサラ。とっておきの朝食があるんでしょうね」
「ふふふ」
サラは挑発的に笑った。
「このホテルのエッグベネディクトを食べてごらん。飛ぶよ」
「へぇ。それは楽しみだ」
その後スーはサラとエッグベネディクトを食べ、飛んだ。
◆ ◆ ◆
「スーちゃんの服ってとっても良い布だよね? シンプルだけどすごく形がいいし、ひょっとして貴族なの?」
「そんなわけないでしょ」
「でもさぁ、もっと色んな服も着せたいな! 行こう!」
朝食のあと、サラはスーを仕立て屋に連れてきた。
貴族が利用するような店であるが、サラは堂々とした足取りで入っていくのでスーも続く。
「いらっしゃいませ、サラちゃん。ロールズ公爵のお使いかい?」
サラは行きつけのようで、店主の男が気安い調子で話しかけている。
「ううん。今日はお友達と遊びにきたの。あ、もちろんお金も貰ってきてるから、お客さんとして扱ってね!」
「はいはい。素敵な服をご用意しておりますよ」
サラはグイグイとスーを店内へ押し込んだ。
店の中にはたくさんの普段着から礼服、さらには用途のわからない謎の服まで吊るされており、布と香水で独特の匂いが漂っていた。
「ということでまずはこれ!」
スーの目の前に差し出されたのは、ふわふわとした白いブラウスと、膝丈のスカート。どちらもレースやリボンがたっぷりとあしらわれており、いかにも貴族の子女が着るような可愛らしい服だった。
「……いや、これ、絶対あたしに似合わないやつでしょ」
「そんなことないよ! スーちゃん、髪の色が綺麗だし、こういうの着たら絶対可愛いと思う!」
サラはぐいぐいとスーを更衣室に押し込んだ。
仕方なく言われるがままに着替えると、鏡に映った自分の姿が妙に落ち着かない。普段はシンプルな服しか着ないスーにとって、レースやフリルは未知の領域だった。
それだけではなく、サラは彼女特有の独自のアレンジをスーに対して施してゆく。
「おおー! すっごく可愛い! ほら、くるっと回ってみて!」
サラの無邪気な言葉に、スーは照れくさそうにスカートの裾を持ち上げ、そっと回ってみた。すると軽やかな布がふわりと広がり、まるで絵本の中のお姫様みたいだった。
「……変じゃない? 特にこの、後から手首に巻きつけた包帯とか、片目の眼帯とか……」
「全然! すごい力を隠し持っていそうな感じが最高なんだよ!」
ちょっと理解できないんだけど。
最後にサラのおこなった謎アレンジのせいで妙な感じになっている。
服自体はすごく可愛いくて、昨日のドレスと違い街をあるいても違和感がなさそう。こんな格好でドロルとお出かけするのもいいかもしれないなぁなんて思いつつ、眼帯と包帯がすべてを別方向に導いていた。
サラは満足げに頷いたかと思うと、別の服を持ってきた。
「じゃあ次はこれ!」
彼女が手に取ったのは、今度は真っ黒なロングドレス。胸元には紅いリボンが結ばれ、袖はレースの透け感が美しい。なんだか急に大人っぽい雰囲気だ。
「お姫様から一転して淑女風! これも試してみよう!」
戸惑いながらも、スーは服を脱がされた。
そしてサラはどこからか筆と塗料を取り出し、スーの体にお絵描きを始めた。
「ちょ……ぷぷ、きゃ、きゃはは、やめやめ! 息が、いやマジで息が。ヴォエ」
くすぐったくてたまらなかったが、サラは意地悪な顔をしてやめてくれない。
くすぐり地獄をなんとか耐え、スーはされるがままに服をきさせられた。
「おぉ……これはまた違った雰囲気……! すごい、すごいよスーちゃん!」
確かに、黒いドレスを着るといつもより落ち着いた印象になった気がする。
でも、全身傷だらけなのはなんでだよ。顔や腕に切り傷があり、特に目元は縦にぱっくりと割れたような痛々しい傷跡から血が滴っている。
「この特殊メイクは必要だったの?」
「淑女なのに危険な戦闘を終えたばかりだなんて、いったい何があったんだろうね!」
知らないけど。
「はいじゃあ次はこれ」
「いやこれ水着じゃん。しかも隠す部分がずいぶん小さくない? 見えちゃうよ」
「大丈夫だよ、謎の力で絶対見えない仕組みだから!」
魔法の類かな?
面積の少ない紐のような水着を着せられた。こんなに面積が少ないのに謎の力で見えないだなんてスーには理解できない。
そしてサラは何を思ったのか最後のアレンジを始める。
「これをつけてこれをこうして〜。できた!」
お尻には尻尾をはやし、三本付け髭のついた半裸の少女が猫耳カチューシャをつけていた。
「完璧なケモノだ! 完璧な、ケモノだよスーちゃん」
どこが?
「なんだかこの格好は一段と恥ずかしいんだけど」
「だよね。ケモノから人間へと変化していく中で、裸からビキニをつける選択をしたんだよね! 最高だよ、その羞恥心! ちょっと言ってみて。『恥ずかしいニャン』。はい!」
「……恥ずかしいニャン」
サラは顎をガクガクさせながら震えていた。
「なんてこった……。サラは、神を生み出してしまったんや。人間とケモノの上位存在、ケモノ幼女を……!」
てゆーかこれ胸のところ見えてるじゃん。
謎の力どこいった。




