ドロルのこれまでやってきたこと
「おいエドマンド、落ち着けって」
「落ち着けはおまえだろドロルよ〜おまえいま金も名誉も若くて可愛い嫁さんも全部捨てるって言ってるんだぞ理解してないだろ〜!」
エドマンドの酷い動揺は、逆にドロルをどんどん冷静にさせるようだ。
「いいんだよそれは。あ、でもエドマンドが大公になるって話もなくなっちゃうのか……その件は申し訳な——」
「いや思いやってくれよ悲願なんだって〜偉くなりたいよマジでさ〜おまえが断らないように準備に準備を重ねてきた俺の努力を少しは慮れよ〜!」
エドマンドの努力。
確かに、ドロルが一般的な幸せを手にできるように、エドマンドは精一杯のお膳立てをしてくれたと思う。ただし、この計画のすべてがエドマンドのものだとは、ドロルは考えたくなかった。
「この計画はすべて、エドマンドの発案なのか?」
「そうだよ〜マジでわかれよ〜」
「ということは、僕のスライムが殺されるのも、エドマンドは全部わかってたってことか?」
もしそうであれば。
そんなことがあるのだとすれば、ドロルは。
「……そうだが?」
ふっと我に返ったように、エドマンドの表情が冷徹味を帯びた。
「そんなの、僕が許すはずがないだろ」
「おいおいおい、大人になれよドロル。おまえの仕事はスライムを育てるところまでだ。そこから先に関与すべきじゃない。クイックスライムのもっとも有効な使い道は戦闘じゃない。どう考えても経験値稼ぎだ。それこそが合理的ってもんだろう」
「エドマンド、何を言ってるんだ?」
目の前のエドマンドが何か別の化け物になってしまったようにさえ、ドロルは感じた。
「クイックスライムもそうだし、ハヤイスライムもそうだ。昔からそうだったじゃないか、ドロル」
昔から。
ドロルは昔から、エドマンドにスライムを引き渡していた。
——スライムが勇者になるチャンスなんだ。それは魔物にとっても名誉なことだ。
エドマンドがそう言ったから、ドロルは彼にスライムを渡し続けた。
そうすることが、誰にとっても素晴らしいことだと信じて。
「ありがとうなぁドロル。おまえのおかげで、だいぶ効率良くレベル上げができたよ」
嘘だ。
そんなものは全部嘘だ。
それはつまり、ドロル自身がスライムの不幸に加担したってことじゃないか。せっせせっせと、ドロルは殺されることが決まっているスライムを出荷してきた。
愚かな自分は、人生をスライムのために捧げてきたと思っていた。
しかし、違った。
ドロルはスライムに対して絶望を運んでいただけだったのだ。
「おっと早まるなよドロル! おまえ牧場に一人従業員の女を置いてきたな。おまえが早まったり、言うことを聞かなかったらあの女がこの世とさよならするかもしれないな〜」
まさかこの男は、ここまで腐った人間だったというのか?
「……エドマンド……おまえ、ガブリに何を」
「とりあえず頭を冷やせよドロル。もしおまえが大人しくクイックスライムの育成方法と繁殖方法を教え、牧場のクイックスライムをすべて差し出せば、この度の愚行はなかったことにしてやろう」
僕にガブリとスライムの命を比較しろと?
ああ。
もうだめだ。
目の前が、真っ白になった。
ドロルは現実を受けとめることができなかった。
頭がぼんやりとしてきて、自分が何者かさえあやふやになってしまった。
何も考えられず、体に力が入らない。
ばたり、と。
ドロルはその場で倒れた。
「おい、ドロル……。まぁいい。起きたら改めて話を聞こう。なにせクイックスライムの情報を吐かせるまでは殺すわけにもいかないからな。おい、衛兵! こいつを牢屋にぶちこんでおけ!」
エドマンドは調子を取り戻し、その場を取り仕切る声にも張りがでる。
そんな彼に対して、王は言った。
「エドマンド・ロールズよ」
「は!」
「……大丈夫? ドロルに全然話通ってないじゃん」
急にタメ語になる王に、エドマンドは頭を垂れた。
「……ええ、大丈夫です。このエドマンド・ロールズが確実に、この凡夫にクイックスライムの譲渡及び情報共有を約束させましょう」




