見当違いの授与式
恐ろしいことに、ドロルが連れてこられたのは王宮だった。
ドロルは人生で王宮に入ることがあるだなんて思ってもみなかったことだ。
ドロルは昨日よりも高価な礼服に着替えさせられた。
そして現在は王座の間で、王の御前でエドマンドと共に跪いていた。
御前に連なる赤い絨毯の両脇にはびっしりと国の重鎮が並び、その後ろには騎士が待機していた。
ドロルは王都に辿り着いたばかりのはずだが、昨日の今日でこれだけの準備をされたとすれば、この式典の重大さに心が押しつぶされそうだ。
「此度の功績、誠によくやった。褒めて遣わすぞエドマンド・ロールズよ」
「有り難き幸せにございます」
エドマンドは褒められているが、いったい彼が何をやったのかはドロルは知らない。
「シルバードラゴン討伐の暁にはハララ領の一部を割譲しよう。また、大公の地位を授与することも約束する」
周囲がどよめいた。
大公ともなれば、実質国のナンバー2だ。
ドロルと旧知の友、エドマンドは信じられないほど出世していたようだった。
ただ、その話はまだ条件付きである。
——シルバードラゴン討伐。
その魔物の名前はドロルも知っている。
四大凶兆と呼ばれる災害レベルの魔物の一角であり、現れたが最後その街は火の海に化すという。そんな魔物がもし発見されているとすれば、まっさきにその準備が必要だ。
なるほどエドマンドはシルバードラゴン討伐に関する重要な何かをやったのだろう。本当であればこの王都を救ったと言えるレベルの功績かもしれない。
「スライムブリーダー、ドロルよ」
「——は、はい!」
唐突にドロルは名前を呼ばれ、思わず無作法な大きな声が出てしまった。
クスクスと笑い声が聞こえ、ドロルの顔が熱くなった。
「此度はシルバードラゴン討伐準備に関する尽力、感謝する」
……尽力?
そんなことをした覚えはないのだが。
疑問だらけのドロルに対して王は続けた。
「貴殿の牧場ではどんなスライムでも育成・繁殖が可能だと聞く。それはシルバードラゴン討伐の大きな助けとなるだろう」
「それって、僕の牧場のスライムが認められたってことですか」
ドロルは間抜けな表情で顔を上げた。
無作法極まりないが、しかし王は咎めることなく言った。
「そうだ」
感動、である。
なんというビッグサプライズだろう。エドマンドはドロルを驚かせるために、黙ってこんな準備をしてくれたというのか。
確かに、冷静に考えれば理解はできる。
スライムの最大の武器は、相手の攻撃をすべて受け止める防御力だ。一方で、シルバードラゴンの最大の武器はすべてを焼き尽くす広範囲攻撃である。
攻撃の属性はわからないが、炎であれば海スライムは強力な盾として機能するかもしれないし、スポンジスライムで口を塞いでしまえば攻撃自体を完封することだって。
ドロルはいま、辿り着いたのだと思った。
ドロルの牧場から、英雄が誕生する瞬間に。
ついにドロルの可愛くも頼もしい仲間から、勇者が誕生しようというのだ。
「ああ、ありがとうございます。きっとうちのスライムたちはお役に立つと思います。ええ、みんな良い子ばかりなので」
王は厳かに続けた。
「もしシルバードラゴン討伐の暁にはフォーゴトン領を授ける」
「りょ、領地を頂けるのですか……?」
「そうだ」
王の肯定で、本日最大級のどよめきがあたりを包んだ。
「おい、たかだか庶民だぞ」「いや……まだ討伐できてもいないわけだし」「こんな大出世は聞いたことない!」
「それってつまり……」
「フォーゴトンは広大で国境沿いの重要な地だ。公爵位の授与になるだろう。期待しているぞ、ドロル」
つまり、ドロルは貴族になる。
しかも、いきなり公爵位である。
ドロルは頭の中にリュナの顔が浮かんだ。言葉が耳朶を揺らした気がした。
——明日も明後日も……きっと私を嫌いにならないでください。
ドロルがこのまま順調に公爵位を受けたとすれば、リュナは子爵家なので上方婚である。リュナがドロルに好意を寄せることは、政略的に意味があったわけだ。
それは残念である一方で、リュナのことがとても理解しやすくなったのも確かだ。リュナは貴族の子女として確かに振る舞い、自分の役割を演じてドロルに近づいたのだ。
ドロルはそんなリュナが可愛いかったし、それならば良かったとも思った。
自分のような冴えないおじさんに近づいてくる女など、どうしたって裏の意図を勘繰ってしまう。しかしその目的が公爵位となれば、別に悪いことだとは思わない。
きっと、貴族が出世のために全力を尽くすのは当たり前のことだ。
出世が目的だったとして、その後の生活が幸せになるかどうかはまた別の問題だ。
ドロルは他に好きな女性がいるわけではない。
今後好きな女性ができることだってないと思う。
ドロルにとって、これからリュナ以上の女性が現れることなんてまったく考えられない。
すべてが上手くいき、ドロルがフォーゴトン公爵になる。妻はリュナ・フォーゴトン。可愛くてスタイルも良く、とても若いお嬢様だ。
スライムの卸し先はエドマンドの他、シュクルベル子爵や王の近衛軍だって対象となるため、牧場の経営難問題も解決されるだろう。ガブリに十分な給金も払えるし、もっと人手を増やせるかもしれない。
そしてスライムたちは本当の英雄として、ドロルの牧場から旅立っていく。
ドロルは今までのスライム牧場主としての人生が幸せだった。
これ以上の幸せを望むことは自分には分不相応だと思っていた。
しかし、それがすべて手に入る段取りをエドマンドが整えてくれた。
道中は苦しくとも、節目で正しい方向にドロルを導いてくれるのは、いつだってエドマンドだ。
「エドマンド……」
「ドロル、これはおまえが今まで真面目に生きてきた成果だ」
感無量だ。
涙さえ流れてくる。
そんなドロルに、王は言った。
「ドロルよ、ことは一刻を争う。すぐにでもクイックスライムの育成方法と繁殖方法を王下ブリーダーに伝授せよ。そして、繁殖に不要なクイックスライムはすぐにAクラスパーティ【シャイン】に引き渡すのだ」
……クイックスライム?
ドロルの中に疑問が芽吹いた。
「クイックスライム、ですか?」
「そうだ」
「恐れながら、クイックスライムはシルバードラゴンの討伐には向かないのではないでしょうか」
「おい、止めろ」
エドマンドはドロルを静止するが、続けた。
「クイックスライムは基本的に素早く敏感なスライムです。斥候には向いておりますが、シルバードラゴンの攻撃の盾とするには別の種族が良いでしょう。相手の攻撃が炎だとすれば、海スライムなど心強い盾になりえます」
真っ当なことを言ったつもりだった。
スライムの専門家として、国をシルバードラゴンから守るために、正しい直言をしたはずだった。
それなのに。
「ふふふふ、はっはっは!」
王はバカにするように、高らかに笑ったのだった。
横を見ると、エドマンドはなぜか頭を抱えていた。
王は言った。
「スライム系の虚弱な魔物など、シルバードラゴン討伐に同行させることなどさせるわけがないではないか!」
スライム系の……虚弱な魔物……?
混乱するドロルに対して、王は捲し立てた。
「スライム系は弱い。ただし有用な種族がスライム系に存在するのもまた事実。最たる例がクイックスライムであろう。『クイスラ、3匹倒せば刮目して見よ』。冒険者のレベルを上げる贄として、これほど優秀な種族はない!」
「…………それってつまり、僕のスライムが、冒険者のレベル上げに使われるってことですか?」
「そうだ」
「僕のスライムが、冒険者に殺されるってことですか?」
「仕方あるまい」
なーんだ。
なーんだなーんだ。
そういうことか。
「それであれば、お断りします」
「ちょっと待てよドロルおまえ俺の顔を立てるって発想にまず至れよ幼馴染じゃんかよ〜なに人生捨てようってのかよ待てって〜!」
うわ、急にエドマンドが涙を流して慌て出したんだけど。
鼻水だらけの顔で頬ほ擦り付けてくるなよどうした。




