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ビジネスの話

 ドロルは一睡もできないまま朝を迎えた。

 幸いにも毛布に包まれたリュナからは寝息が聞こえたので、窓から朝日を差し込む中、ドロルは部屋から出ていくことにした。


 前日にスーを転がした部屋に入ると、そこではまだスーがぐーすか寝息を立てながら転がっていた。

 安らかそうな寝顔を見ていると、ドロルはなんだか急に眠くなってきた。


 そして、気がついたらドロルはスーのベッドに上半身をあずけて眠ってしまった。


 ◆   ◆   ◆


「ドロルさ、いえ、ド、ドロル」


 肩をぽんぽんと叩かれてドロルは目をさました。振り返ると、そこには少女の顔があった。


「——リュ、リュナ!」


 ドロルは飛び起きてベッドの端まで這うように後ずさった。

 網膜に残る彼女の一糸纏わぬ姿が、あるいは手に残る感触が再びドロルの顔を熱くさせる。


「あ、あの……先日は失礼しました!」

「いえいえ、そんなことは。……ところで、スーは?」


「ああ、うちのメイドと遊んでいますのでご安心を。今日はドロル様に大切なご用件がありますからね。朝食を、一緒に食べませんか?」


 すでに部屋に食事が運び込まれているようだったので、リュナと二人で食べた。

 先日のことがあり何をしゃべっていいかわからず、沈黙の多い食事だった。


 パンにサラダにスープ。

 朝から豪華だが、味なんてわからない。


「実はこちらにロールズ公爵がきてくださることになりました。食事が終わりましたら向かいましょう」


 ◆   ◆   ◆


 円卓のある議事堂に場所を移し、ドロルとリュナはエドマンドを待った。

 リュナとは隣に座ったが、それだけでドロルはドキドキしてしまう。


 沈黙の時間が続く中、エドマンドがやってきた。

 立派なグリーンの礼服が長身によく似合っている。若い時からの知り合いではあるが、彼も相応に歳をとった。それでも、姿勢も肌艶も良い彼はさすが公爵様といったところだ。


「久しぶりだなぁドロル。元気にやってるか」

「エドマンド! よかった、会いたかったんだ!」


 ドロルは立ち上がり、そしてエドマンドを抱きしめた。


「んん、おまえそんな感じだったか?」

「え、いや、久々だったから」

「別に半年前にも会ったじゃないか……」

「……まぁ、そうだな」


 彼の言う通り、エドマンドとは仕事で2、3年に一度は会うことがあるし、直近は半年前だった。 

 ドロルはエドマンドを抱擁から解いた。

 なんだか恥ずかしい。


 ずっと可愛い貴族の御令嬢と一緒にいた緊張から、エドマンドが妙に親しい相手に感じてしまったのだ。エドマンドはどっしりとリュナの対面に腰をおろし、そしてドロルを再びリュナの横に腰をおろすよう促した。


「王都はどうだ? 子供のころ以来じゃないか」


 小さな頃は王都のギルドで依頼を受けることもあった。

 もうそれも、遠い昔のように思える。


「いや、子供の頃とはまったく違うよ。なにせ到着してすぐ案内されたのが貴族サロンで、僕なんかの庶民にはまったく想像もつかない場所だったら」

「どうだ? ケーキがうまかっただろ?」

「ああ、連れが喜んでいたよ。……ずいぶん高そうなケーキだったが、大丈夫か? 礼服もレンタルさせてもらったし」

「バカが。俺を誰だと思ってる。公爵だぞ」


 ふん、とエドマンドは鼻息を荒くした。まぁ、それはそうだ。


「それは、助かるよ。ところで要件はなんだ? ロールズ領じゃなくてわざわざ王都に呼び出すなんて」


 エドマンドと何か話をするとすれば、基本的には彼が治めるロールズ領に向かうことになる。にもかかわらず、今回はわざわざ王都でお金をかけて準備している気がした。なにせ、守衛さえドロルの情報をもっていたのだ。


「まぁそう急かすなよ。どうだ? 最近の牧場運営は」

「まぁ、ぼちぼちだな」

「そういえば連れがいるって言っていたな。どうしたんだあんな子供」

「いや、迷子なんだけど、行く当てがないから一旦一緒に暮らしてるんだ。そうだエドマンド。エドマンドからも彼女の知り合いを探せないかな。あまり手がかりはないんだが、すごい魔法を使えるんだ」

「ほう、どんな?」


 どんなだろう?

 ドロルは首を傾げた。

 ドロルに身体強化が使われている気がするが、しかしそれを実際に目にしたわけではない。見たことあるのは、ガブリの怪我を治す魔法のみである。


「ゲボを飲ませることで、骨折を治せるんだよ」

「なんだおまえ、子供のゲボを飲んでるのか?」


 やめてくれ。そんな怪訝そうな目で見るのは。


「……まぁいい。魔法学園の関係者に聞いてみよう」


 魔法学園。

 確かにこの国の魔導士は大抵魔法学園の卒業生だと聞いたことがある。

 スーの年齢であれば在学生である可能性が高いので、これはすんなり知人が見つかるかもしれないと希望が見えた。


「ありがとう、エドマンド! 頼むよ」

「ああ、任せてくれ。……ところでドロル。おまえ牧場に従業員を雇ったらしいな」

「ん? 従業員というより弟子だが……なんでそれを?」

「別に……風の噂だ」


 そういえばさっきも、ドロルの連れが子供だと言ったっけ?

 ドロルはなんとなくエドマンドの言動を不信に思ったが、エドマンドはさらに続けた。

 

「いいことだな。これから拡大でも目指すのか?」

「そんなつもりはないよ。……いや、どうかな。実際、弟子にお給金を払うには先立つものが必要だし、そうせざるをえないかもしれない。まぁ、まったく当てはないんだけどな。はは」


 情けない笑いが漏れてしまう。


「いや、もしかするとその問題は解決するかもしれん」

「……え?」


 そして、エドマンドは思いもよらないことを言った。


「実はな、我が領のシュクルベル子爵が活きの良いスライムを探してるんだ。なんでも初心者テイマー向けに有力な魔物を引き合わせるビジネスを始めるそうでな、スライムであれば良いブリーダーがいるとおまえのことを推薦しておいた」

「本当か!?」


 販路が増えるのであれば、今のカツカツの牧場経営から脱却できるかもしれない。

 そうすれば、ガブリにまともな給金を支払うことも可能だ。


 それは願ってもない話に思えた。しかし、いまエドマンドは何か変なことを言わなかったか?


「待てよ。……シュクルベル子爵?」


 その名前は、どこかで聞いたことがあるような……。


「はい」


 そして、頷いたのは隣に座ってるリュナだった。


「わたくしはリュナ・シュクルベル。シュクルベル子爵は、お父様です」

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