この世のすべて
「ええと、シュクルベル様は……どういったご用件で僕のことを?」
「シュクルベル様だなんてそんな! どうかリュナとお呼びくださいませ」
「いえ……そんな馴れ馴れしくは……」
「なんなのさっきからすごいイラつくんだけど」
となりでスーがずいぶんとむくれている。
ずいぶん刺々しいな。
「ところでドロル様にはお連れ様がいらっしゃるのですね。ままま、まさかお子様が?」
「そんな馬鹿な! この子はただの迷子ですよ!」
「はぁ? なによただの迷子って! あたしとドロルはとっても気持ちいいことして繋がった関係じゃん」
「ちょっと今の聞きました?」「ああ、あの庶民は子供を誘拐してとてもエッチなことをしたのだろう。なんと悪いやつだ」「子供の方は貴族じゃないか?」「なぜそんな極悪人がサロンにいるのかしら」「守衛、早く仕事してよ!」
こんなにすぐ悪評が立つことってある?
「なんと! ドロル様はその……と、とてもお若い方がお好きでいらっしゃったのですね!」
「ご、誤解ですよ! この子が変ないい方をしただけで、やましいことはまったくありません! 断言します!」
「で、では、ドロル様の女性のご趣味は……」
なんで初対面の女性に性癖を答えなきゃいけないの?
「……わ、わたくしのようなタイプは……苦手なのでしょうね」
「そんなことないですよ大好きですよ!」
思わず言ってしまい、すぐさまものすごい羞恥と後悔がドロルを襲った。
自分は貴族のお嬢様にいったい何を言っているのだろう。
「はぁ? そんなわけないじゃん。ドロルは小さな女の子が好きだよ」
「——ば」
「だってずっと子供が欲しいって言ってたもん」
「なんだなんだ。よくよく聞いてれば子供が欲しいってだけじゃないか」「意外とノーマルなのね」「パパー。あの人変態じゃなかったんだね」「ただの庶民だな」「ただ庶」
スーの一言でドロルの評価は急速に元に戻った。
ここの貴族はずいぶんものわかりがいいな。
「あのですね! 別に子供が嫌いというわけではないですが、決して恋愛的な意味はございませんよ。当然恋愛対象は大人の女性です」
リュナは下を向いてモジモジしながら、小さな声で言った。
「……では、わたくしは18歳なのですが、チャンスはあるでしょうか」
よく見ると本当に顔まで真っ赤で、見ているドロルまで一緒に恥ずかしくなってしまった。
「ちょっと、あんたさっきからなんなの? いったいドロルになんの用よ」
「そ、そうでした! すみません余計なことばかり!」
リュナはこほんと咳払いして改まった。
「わたくし、ドロル様が王都エブリにいる間お世話をせよと、ロールズ公爵より命ぜられました。王都滞在の間、お困りのことがあればなんなりとお申し付けくださいませ!」
そしてまた一礼。
「……あの、あなたは貴族ではないのですか?」
「お、恐れながら。シュクルベルは子爵家にございまして、ロールズ領内の幾らかの領地を任せられております」
貴族が庶民のお世話などありえない話だ。
「待ってください。エド……ロールズ公爵がそう言ったのですか? だとしたらそんなことは真に受けなくて大丈夫です。実は、公爵は幼いころからの知人なので。きっと彼なりのイタズラ心なのかとは思いますが、僕のような庶民に貴族のお嬢様のお手を煩わせるわけにはまいりません」
至極あたりまえのことをドロルは言ったつもりだった。
しかし、リュナは首を横に振った。
「もちろん、ロールズ公爵のお言葉がきっかけではございます。でも、いまドロル様のお世話をしたいと思っておりますのは、わたくしの意思ですから」
まだ恥ずかしそうに視線を合わせられない彼女。
リュナが、一体何を勘違いしているのか、ドロルにはわからない。ドロルはただの辺境に住むしがないブリーダー風情だ。
しかし。
「その心意気よし! リュナ、あたしはスー! じゃあこのサロンで一番美味しい料理を持ってきて!」
なんでおまえは偉そうなんだよ。
「お任せくださいスー様! ここには最高のケーキがございますよ」
「任せた!」
まるでメイドのようにリュナはケーキを運んできた。
そして運んでくる側から大口をあけて食べるスー。なんとも朗らかな光景ではあるが、ドロルとしてはハラハラしてしまう。
「うんまー。ドロルこれとっても美味しいよ。この世のすべてがここにあるよ」
「大袈裟だなぁ」
「ちょっと食べてみなよ」
スーがいかにも高価そうなチョコレートケーキをドロルの口に突っ込んだ。
口に入れた瞬間、人生で体感したことのない芳醇な香りが鼻腔いっぱいに広がり甘く柔らかいクリームが体温によって溶け出した。生地と合わさる見事な食感はもはや食べ物の域を超え、芸術だ。
「どうだった?」
「……この世のすべてがここにあったな」
「でしょー!」
まるで自分の手柄のように、スーは楽しそうに笑った。