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サロンのお嬢様

 ドロルはすぐに支度して、ガブリにすべてを任せて旅立つことにした。

 大切なスライムをガブリに任せることにまったく不安がないわけではない。しかし数日一緒に過ごしただけではあるが、ガブリが信頼のおける人間だと感じていた。

 なにせスライムたちがガブリになついていたからだ。


 多少後ろ髪を引かれる思いもあるものの、ドロルとスーは馬を走らせた。

 旅はわずか三日で終わった。なぜか馬のスピードがドロルの知っているそれではなかった。だからもしかすると、スーが馬に身体強化をかけたのかもしれないと思った。スーに尋ねると「何それ?」と釣れない返事しかなかったが。


 王都は城塞都市である。

 都市自体がレンガの城壁で囲まれ、入るにも検問で入城理由を答えなければならない。


 検問の列に並び、いよいよ順番が回ってきて物々しい装備をした守衛がドロルに尋ねた。


「今日はなんの目的で?」

「ロールズ公爵に王都に来るよう命を受けまして」


 ドロルはトラベルバトから受け取った手紙を見せた。

 そもそもロールズ領でなく王都に呼ばれたのも変な話ではある。


「ああ、ドロル様ですか? 伺っていますよ」


 守衛がドロルの来訪を知っている?

 エドマンドはずいぶんと準備がいいものだ。本来検問は一人一人の入城理由を完全に把握するというよりも、明らかに怪しいものを弾くことが目的のはずだった。


 さらに守衛は続けた。


「ドロル様がきたらご案内するよう言われていますので、一緒に参りましょう」


 守衛の先導で、二人は商館や民家が立ち並ぶ賑やかな通りを進んだ。

 さらに別の検問を通過すると、高級感漂う建物が増えるエリアに出た。その先には壮麗な宮殿がそびえている。その宮殿が目的地のようだった。


 宮殿の中に入ると今度は燕尾服を着た執事が案内してくれた。


「お待ちしておりました。ドロル様。お連れ様も楽しんでくださいませ。おっと、まずはお召し物を変えましょう」


 執事に言われ、ドロルはいつもの汚れたチュニックが急に恥ずかしくなった。


「……ドロル、なんなのここ」

「たぶん、サロンってやつだ。僕もよく知らないけれど」


 執事に衣装室に案内され、庶民が着ても咎められない簡素な礼服を渡された。こんなものを借りるお金をドロルは持ち合わせていなかったのだが、なんとも太っ腹なことに無料でいいらしい。


 着替えて再び顔を合わせたスーに、ドロルは感嘆の声を漏らした。

 いつも白っぽいスーの服とは対照的な華やかなオレンジのドレスだ。それは彼女の白い肌をより健康的に見せ、オフショルダーでほっそりした上半身と見事に膨らんだスカートのシルエットに目が奪われた。


「えへへ。どうかなドロル。惚れ直した?」

「とっても可愛らしいよ。惚れてないけど」

「はぁ?」


 プンスカ怒るスーはまた愛らしいが、その感覚は異性というよりも子供に対してのそれだ。

 実際子供だし。


 しかし、いつもどおりのスーがいてくれてドロルは安心した。

 貴族たちがお茶や軽食を楽しみながら社交する、ドロルのような庶民には本来一切無縁な場所である。歩くだけで場違いでドロル一人だったらひどく萎縮していただろう。


 エドマンドもなぜドロルをこんなところに呼んだのだろうか。公爵クラスになるとこういう場所の方が落ち着くのだろうか。もっとも今までこんな場所に呼ばれたことは一度もないのだけれど。


「ひょ、ひょっとしてドロル様ですか?」


 唐突に、ドロルは少女に話しかけられた。


「ああ、聞いていた通りの素敵な人……」


 聞こえても意味のわからない言葉を話す少女は見るからに貴族だった。

 はちみつ色の髪は腰に届くほど長く、それは一目でよく手入れされているのがわかる。やや垂れた大きな目は愛嬌があるが、しかし鼻筋は通っており小ぶりな唇は均整が取れていて美しい。

 そして涙ぼくろがとても可愛らしい人だった。


 ドロルはなんとか彼女の顔に視線を向けようと、必死に特徴を探した。そうしていないと、別のところに視線が引き寄せられそうだったからだ。具体的にいうと、「お」から始まって「い」で終わる四文字の言葉で、女性特有の膨らみを表現した——


「なにこのおっぱいの人。ドロル知り合い?」

「ややややめなさいスー、失礼だろ!」


 しかしスーがおっぱいの人と表現したのは仕方ない側面もある。

 その膨らみはドロルの今まで出会ったことのあるどんな女性よりも大きく、しかし彼女自身が太っているわけではないのでとても目立ってしまっていた。


 ドレスだってそれを強調するようなドレスというわけではない。

 確かに谷間の上部は見えているが胸の大半は隠しており、それが故にきつそうに締め付けられてはち切れそうだった。


 おっぱいが、苦しそうだ。 


「おっぱいが苦しそう……」

「や、やめなさいスー!」


 指摘された女性は両手で顔を覆い隠し、胸の谷間から首元まで真っ赤にしていた。


「ごめんなさいごめんなさいせっかくドロル様と初めて会うというので素敵なお召し物を探したのですがオートクチュールを用意するほど裕福ではないため既製品から選んだのですがはしたなくなってしまいました! ああ今すぐにでも着替えたいのですが着替えに時間がかかってしまいこれ以上ドロル様の時間を奪うわけにわああああああああああああああ」

「お、落ち着いてください! 大丈夫です、素敵ですよ!」


 ドロルがぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせる。

 すると背中が開いているタイプの服だったため彼女の素肌に直接触れてしまうことになり、ドロルはものすごく焦った。

 そもそも貴族のお嬢様をこんな庶民が触るなど、許されるわけない。


「こ、こちらこそご無礼を。大変申し訳ございません!」


 今度はドロルが動揺し始めるが、しかし彼女は落ち着いてくれたようだ。


「いえいえ、滅相もないです無礼だなんて、ドロル様」


 彼女がなんとも思っていないようなので、ドロルはほっと息をつく。

 これでやっと普通に話すことができそうだ。

 そもそも彼女はまったく知らない人である。


「ところで、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、名乗りもせず失礼いたしました。わたくしはリュナ・シュクルベルと申します。不束者ですが、以後お見知り置きを」


 スカートの両側を持って軽く頭を下げるリュナはまだ、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

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