【SIDE エドマンド】名を上げるために
「やばいな、最近のエドマンド」
「領主の息子は違うぜ」
「勇者に選ばれるんじゃないかってもっぱらだぞ」
エドマンドの要求通り、ドロルは定期的にハヤイスライムを連れてきた。エドマンドはそれを学園に連れていくと嘘をつき、実際は裏で屠り続けた。
エドマンドのレベルが上がった。
エドマンドのレベルが上がった。
エドマンドのレベルが上がった。
エドマンドは間違いなく学園一の戦士となって、その若さにして冒険者パーティのリーダーとなった。
ああ、レベル上げは楽勝だ。
その上たレベルでギルドで依頼を受け、その度にエドマンドの名が上がった。
もっとだ。
もっともっと高いレベルの依頼をクリアするんだ。
もっともっと、もっとだ。
「ドロル、次のハヤイスライムはまだか……」
「……エドマンド……僕のハヤイスライムたちは、本当に大丈夫なのか?」
最近のドロルは明らかにエドマンドに対して不審な視線をよこしてきた。
「ああもちろん大丈夫さ。いつも新たな戦術で四苦八苦しているが、だんだん様になってきているよ。……ただ、俺たちは戦士だ。戦士だから、とうぜんみんながみんなまったくの無事ってわけにはいかない。だから早くよこせよ。あたらしいハヤイスライムを」
ドロルは苦虫を噛み潰したような表情になる。
急かし過ぎたか?
ドロルは愚鈍だがハヤイスライムの件では非常に役に立つ存在だと認めざるをえない。ドロルに関してはなるべく飴を与えて気持ちよく仕事をさせねばならない。
「そうだドロル。おまえに勲章をやろう。いままでおまえのスライムにずいぶん助けられてるんだ。俺もたまにはそれに報いなきゃな」
どうだドロル。
感動しただろう。
庶民の出のおまえが公爵家の令息である俺からそんなことを言われたら、おしっこ漏らして喜ぶに違いない。
「いや、それはいらないんだが」
いらないのかよ。
いやもう少し空気読めよ失礼だろ。
「もしよかったら、僕の願いを聞いて欲しいんだ」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「僕もパーティに加えてくれないか?」
◆ ◆ ◆
ドロルはモンスターテイマーとしてエドマンドのパーティに加わった。
ドロルはスライムしか使役できないので使い所は難しい。せいぜいパーティの盾として前衛を張ってもらうしかなかった。
しかし、ドロルはダメだった。
「ッ——! うげ!」
「おいドロル、何やってんだ!」
スライムを使って敵の攻撃を防げと言っているのに、ドロルは度々最前線に出ては敵の攻撃を被弾していた。ドロルは自分のモンスターが傷つくことさえ耐えられなかったのだ。その度に回復役の魔力を消費することになり、パーティは非効率で仕方なかった。
なんて愚鈍なのだろう。
どうしてそんなにしょうもないんだ。
あるときエドマンドはドロルに尋ねた。
「おまえさ、モンスターテイマーならもっとどっしり構えろよ。モンスターが怪我しそうなたびにおまえが怪我してどうするんだ」
「あはは、ごめんよエドマンド」
こちらの迷惑をわかっていないのか、ドロルは朗らかに言った。
「なんていうか、痛いんだよ」
「はぁ? そりゃ、怪我したら痛いだろ」
「そうじゃなくて、友達が怪我する方が痛いんだよ。僕が怪我するより」
頭をかきながらそんなことを言うドロルは二つ間違っている。
一つは、友達が怪我をしたって自分が痛いはずはない。その感覚は思い込みだ。
もう一つは、モンスターが友達などとのたまうことだ。モンスターテイマーはモンスターを使役する存在だ。要するに使用者であって、完全上位の存在である。
「エドマンド、ありがとうな」
「はぁ? 何がだ?」
「いや、僕さ。フーワ家のコマ使いだったとき、結構幸せだったんだ。それからエドマンドにロールズ家に呼ばれてさ、結構しんどくて……。でも僕、実は昔から冒険者になりたかった。だからこうしてみんなと一緒に戦えることは、夢の中にいるみたいなんだ」
弾けるような笑顔で笑うドロルに対して、エドマンドは虫唾が走った。
こっちがどれほど我慢しているか、こいつはわかっていない。
そもそもパーティに入りたいと言ったときにすぐに許可を出したのが間違いだったんだ。そんなことは許すべきじゃなかった。
ドロルのスライムは有効だ。
レベル上げにこれ以上楽なことはない。だからドロルを手元においてよくしてやろうと思ったが、どうやら飴を与え過ぎてしまったらしい。
だからエドマンドは決断した。
「おまえは首だ。ドロル」
◆ ◆ ◆
エドマンドはドロルにスライム牧場の仕事を斡旋した。
僻地に追いやり、スライムだけ供給させればドロルの有用性のみ使うことができるだろう。
そしてそれは上手くいった。
ドロルは何年も安定的にスライムを育て続けたし、時折クイックスライムさえも出荷することができるようになった。捕まえているのか生み出しているのかは知らないが。
スライムの輸送には確かに時間がかかったが、それでもドロルを近くに置いてイライラさせられるよりはマシだった。もうどうでもいいかと思いドロルを追いやったわけだが、しかしドロルは粘り強くその仕事を続けた。しかもドロルは愚鈍なため、他に商圏を広げようともしない。エドマンド直属のスライム工場だ。
安定的に供給されるスライムを屠ることでエドマンドのレベルは上がり、その結果として早い段階でそれに気がついた。
エドマンドはいつのまにか、レベルの上限値に達していた。エドマンドはいずれ勇者に選ばれるかもしれないと嘱望されていた。
しかし、それは違った。
エドマンドは勇者の器ではなかったのだ。
エドマンドは冒険者を早々に引退した。そして領地経営のかたわら、ドロルから供給されるスライムを売り捌くことで生計の足しにした。ハヤイスライムやクイックスライムは需要があるため、かなりの高値で売ることができた。しかしその同種のスライムばかりを発注するとドロルが勘付くかもしれない。
ダミーで様々な種類を発注し、その都度「いずれ戦士になるスライムだ」とおべんちゃらも忘れなかった。ドロルがへそを曲げても面倒臭い。
そして、エドマンドが暮らすクローディア王国で天変地異が起こる。
シルバードラゴンの観測である。
もしのうのうとその成長を見逃せば、国ごと灰に変えかねられない。
国中のクイックスライムを【シャイン】に差し出し贄とせよ。
まだ未熟だがポテンシャルの高い冒険者パーティ【シャイン】。
彼らのレベルアップに国を挙げての支援を行う。
議会で決まった勅命により、今や全国的にクイックスライムの生け取りが始まっている。そして、件でこの国でもっとも貢献できるのは自分だと、エドマンドは思った。
なにせ、ドロルならできる。
ドロルであれば、クイックスライムさえも安定供給できる。
しかし、ドロルは生贄としてクイックスライムを差し出すことをよしとしないだろう。ここが自分の腕の見せどころだ。
これは冒険者として名を挙げられなかったエドマンドが国碑に名を刻む最大最高のチャンスなのである。