スライムしか使役できない欠陥テイマー
テイムのスキルを使える者には主に二つの道が存在する。
一つは冒険者パーティを組んでギルドに集まる様々な依頼をこなすモンスターテイマー。
もう一つは使役したモンスターを育てて冒険者に引き渡す、モンスターブリーダーだ。
ドロルはスキル、テイム持ちの36歳だ。
若き日はパーティに参加して冒険者として旅をしていたが、早々に自身のテイムに欠陥があることが露見した。
彼はスライム系のモンスターしか使役できなかったのである。
スライム系はモンスターの中で最弱とされ、パーティのランクが上がっていく中でドロルがついていくのは無理だと思われた。
ドロルがまだ16歳のときのこと。
「おまえは首だ。ドロル」
にやけながらそう言ったのは、戦士エドマンドである。
エドマンドは武道エリートで、公爵家の次男でもあり、いずれ魔王から世界を守るのは彼かもしれないと目されていた。
なぜエドマンドのパーティにドロルが参加できたかは、今となっても不明だ。
それが故に、ドロルはこのパーティから追放されたら他に行き場所はないだろう。
「待ってくれエドマンド! 僕のモンスターは一生懸命盾になっているだろう! もっと頑張るから、そんなことは言わないでくれ!」
スライムは敵の攻撃を吸収する能力に長けている。
戦闘においては前衛となり、パーティの盾になるのが一般的な役割だ。
「頑張るのはおまえじゃなくて、モンスターだろう?」
エドマンドは見下したようにそう言った。
「実はもう新たなテイマーをパーティに加えることが決定している。そいつはおまえと違ってドラゴンも使役できる」
「! ドラゴンを……」
ドラゴンは最強の種族である。
下位のドラゴンであったとしても、一般的な戦士10人の戦力になる。
「もちろんスライムを使役することも可能だし、だとすればおまえがいる意味って、なんだ?」
自分がいる意味……。
そんなものは、ドロル自身最初からわからないのだった。
「わかったよ。僕は僕で入れてくれるパーティを探してみる……。今日までありがとう、エドマンド」
そんなパーティはあるかわからない。
そのとき、エドマンドはこほん当咳払いをした。
「それなんだが、実はおまえの再就職先はすでに手配している」
「ええ、ほんとうに!? スライムしか使役できないテイマーの参加できるパーティを探してくれたの!?」
「いや、そうじゃないんだ。もっとおまえにぴったりの場所だ」
ドロルの働き口は辺境の森近くの牧場跡地だった。
以前の牧場主は経営破綻で撤退したらしい。あまりにも辺鄙な場所であるため、モンスターを育てても出荷することにコストが掛かり過ぎ、よほど価値のあるモンスターでなければ採算が合わない。
要するにそれは、ドロルにモンスターブリーダーになれということだった。
モンスターブリーダーはモンスターテイマーと比べて社会的評価も低く、低賃金しか望めない。
その牧場を立て直すには、近隣の森に住む強いモンスターを育て、出荷する必要がある。しかし、モンスター捕縛を依頼できる冒険者はこんな辺境に住んでいないし、仮に依頼できたとしても、ドロルはスライム以外使役できないため育てることが不可能だ。
破綻していると思われるモンスター牧場の経営。
それは単なる島流しであり、しかも公爵家のエドマンドがいうのだから決定事項だ。
ドロルはモンスターテイマーとして冒険者になることが夢だった。きっと、もうその夢は叶うことはないだろう。
それから20年。
すぐに破綻すると思われた牧場経営はギリギリながら存続できた。それはエドマンドが定期的にドロルの育てたスライムを発注してくれたからだ。
今となって考えると、ドロルはエドマンドに助けられた。
スライムしか使役できない欠陥テイマーであるドロルに対し、なんとか生きていけるだけの職を見つけてくれたのだから。
◆ ◆ ◆
「ほらほら〜、餌だぞ〜」
柵で囲まれただけの大草原。
そこがドロルのスライム牧場である。
スライムは艶々した不定形のモンスターだ。
透明の体は普段は球体で転がるように移動し、その中に二つの目玉だけが埋まっている。
餌は森で狩れるアルミラット(一角ネズミ)をぶつ切りにして、様々な薬草を混ぜた特製餌だ。
「はい、タレッタはこれ。シャルロッテちゃんはこっちな! メリルはこっち。スラ丸はいつものやつだ」
各スライムごとに餌は完全にわけている。
標準的なスライムは成長するにつれてそれぞれの特製が顕現していく。たとえばタレッタは風属性をもつウインドスライムだ。タレッタの餌にはタンブルウィードを刻んだものを混ぜ、その特製がより強化されるように工夫している。
それぞれの餌を作ることは手間とコストの増大に繋がるが、スライムの健康には変え難い。
今日もタレッタは透明度の高い艶のあるクリアグリーンで、楽しそうにコロコロコロコロ転がっている。足元ですがりつくように転がる様はまるで子犬みたいだ。
撫でるように触ると、ツルツルしていて冷たくて気持ちいい。
「うん。今日もいい感触だ」
シャルロッテとメリルは仲良しなので、体をくっつけながら餌を食べている。
牧場によってはとても狭いところで大量のスライムを育てるため、スライム同士で傷つけ合うこともあるというが、ドロルのスライム牧場で喧嘩なんて見たことがなかった。
辺境で広大な敷地があるとはいえ、これだけの牧場を任されたのは本当にありがたいことだ。
「あれ? ぷよがいないぞ」
ぷよはクイックスライムという非常に素早いスライムで、いつもスラ丸と一緒に走り回っているのだが近くに見当たらない。
が、代わりにドロルは草原でおかしなものを見つけた。
「あ! こんなところにキャベツが!」
ドロルはすぐさまそれに近づき、勢いよく持ち上げる。
「おまえぷよだろ! そんな姿のままだと食べちゃうぞ〜!」
あーんと大口を近づけると、キャベツは急につるりとした感触に変化し、本来の姿を現した。
「やっぱりぷよだ! またキャベツになっちゃって。擬態が上達したなー!」
ぷよはまだ子供で、走り回るのと擬態が大好きだ。以前キャベツを丸ごと与えたらいたく気に入ったらしい。たびたびこうやってキャベツの真似をする。
スライムは不定形の存在だ。
レベルの高いスライムは自分の体を自由自在に操ることができ、より様々なものへ擬態が可能になる。
「またキャベツ食べような!」
ドロルが笑いかけると、ぷよは嬉しそうに素早く跳ねまわった。元気に育つスライムを見ていると、ドロル自身にも元気がみなぎるようだった。
ドロルはそんな生活が好きだ。
辺境の牧場経営は孤独ではある。近くに同世代の女性も住んでいないため、浮いた話の一つさえない。それでもドロルにはたくさんのスライムたちがいる。
スライムたちと一緒にいられる期間は顧客に引き渡すまでの短い期間ではある。だからこそ、スライム一匹一匹に対して誠実に過ごす。
幼いスライムはいずれ、冒険者と一緒に戦う戦士となる。
素晴らしい戦士たちを育てること。あるいは素晴らしい時間を一緒に過ごすこと。
それこそがドロルにとっての生きる意味なのだった。