図々しい仲間
ちょうどおやつどきにドロルたちは自宅に戻った。
ドロルの家は木造だが、何年もかけて自分で増築改築を繰り返しているためそれなりに広いし部屋ごとに役割が別れている。
これも田舎で広い土地を持っている恩恵である。
スーはドロルお手製のロッキングチェアに座ってゆらゆらしている。よほど気に入ったのか、家に帰ってからずっとそこに座っていた。
ドロルはフルーツをカットしてお茶を入れた。
おしゃべりするにはお茶とお茶請けが必須だろう。なにせ、スーには聞きたいことが山ほどあるのだ。
「ほらスー、フルーツ食べる?」
「あ、いいっすねー! ウチ、りんごが主食っすから、胃もたれも吹き飛びそうっす!」
「って、なんであんたがいんのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
スーは顔を真っ赤にして言った。
ガブリは勝手にどこかにいくかと思ったが、後ろからこっそりついてきたようでドロルたちが家にはいろうとすると一緒に入ってきた。
「この家お風呂あるんすねー! あ、お先、頂くっす!」
そういって風呂の準備を勝手に始め、そして現在風呂上がりである。
ドロルのブカブカな寝巻きを纏い、ドロルの切ったりんごをひとつまみしてぱくり。前屈みになると薄い胸元が見えそうになり、ドロルは咄嗟に目を逸らした。
「いえいえ、ウチはオニーサンにとっても迷惑をかけたんすよ。大切なスライムを傷つけそうになったんすから。でも、まだその謝罪を形にできていないので」
「なんで寝巻きでリラックスしながらりんごパクついて謝罪について語ってんのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「サーセンっす。りんご大好物っす」
もっともドロルからすればスーがそこで落ち着いているのもおかしな話なのだが、口に出すとややこしそうなので留めておいた。
相変わらずしゃりしゃりとりんごを頬張るガブリに対して、急にスーはじとっとした目を向けた。
「そもそもあんた、モンスターテイマーのスライムを襲うような悪者じゃん。それがなんで急に謝罪を形にとか、そんなまともな話になるわけ。なんか別の目的があるんじゃないの?」
「ぎくり」
そんなに分かりやすいことってある?
りんごをぽとりと落として動揺を見せるガブリに対して、スーはさらに追い討ちをかけた。
「マジで正直に言わないと、あたしわかるからね」
スーがまっすぐガブリを見つめると、ガブリは観念したように肩を落とした。
「確かに、ウチに謝罪したいなんて殊勝な心は一ミリもないっす」
一ミリもないのかよ。
「ただ、ウチはお金が欲しいっす。そのために、お二人についてきたっす」
内容はゲスかったので嘘ではないと思う。
しかし、ドロルには理解ができない。
「残念ながら僕はお金なんて持っていないよ。スライム牧場は運営しているものの、いつもカツカツで困ってるんだ」
「……というテイにしてるんすね。勇者様」
「……なにか勘違いしているようだけど、僕は勇者でもなんでもないよ。ええと……スーも違うよな?」
「違うに決まってんじゃん」
一介のスライムブリーダーに対してその勘違いは理解できない。
「まぁ、それはいいっす。別にいま、オニーサンが牧場主であることとか、どうでもいいんすよ。問題は、オニーサンがめちゃくちゃ強いってことっす」
「強くないが」
「——強いっす!」
ガブリはテーブルにドンと手を付き、語気を強くした。
「ウチは【シャイン】のパーティメンバーのこと、ちょっと知ってるっすけど、【シャイン】の前衛のビューニッツの一撃よりも、オニーサンの木の枝の方が格段に威力が上っすね。そもそも【シャイン】のメンバーがそんなに強くないなって思ったんで、自分もレベルあげれば入れるかなって思ったんすもん。でも、オニーサンはそんなレベルじゃないっすね」
確かにドロルは、ガブリのククリ(大ナイフ)での一撃を木の枝で受け止めるどころか、弾き返して彼女に怪我を負わせた。
しかし、それは誤解でもある。
「僕が強いわけじゃない。身体強化がかかってるんだ。なぁ、スー」
ドロルはは尋ねるが、スーは首を傾げた。
「はぁ? なんのこと」
「僕が森で瀕死の怪我を負ったとき、治してくれたのはスーだろう。僕は目を覚ましてから、明らかに身体能力が向上してるのがわかったんだ。スーがそうしたとしか思えないよ。なぁスー。君は、魔導士なのか?」
「違うけど」
「……というテイにしてるのか」
「あ、オニーサンそれウチのやつっすね! さっそくものにしてて素敵っす!」
じぶん煽られてますか?
ドロルはガブリをスルーしてスーに再度質問した。
「もし違うとすれば、回復術師か? 実際目の前で君はガブリを治して見せただろう。いや、テイマーの説も……。あっさりとエンペラーオークを使役してしまったようだし」
「友達になっただけだって」
スーは面倒くさそうにため息をつく。
「なんかそういう分類って必要なわけ? スーはスーなんだけど。ドロルだって、ブリーダーの前にドロルじゃん。それでよくない?」
もっともな話だ。
その一方で、それだけで終えられても困る。
「でもさ、街でスーの知り合いを探すときに、職種や肩書きがわかってた方が探しやすいだろ。『魔導士の幼女に知り合いはいませんか?』みたいな」
言うと、スーはムッとした表情を浮かべ、明らかに不機嫌そうに言い切った。
「なんでドロルはあたしを追い出そうとすんの! もういい!」
追い出そうというよりも、きっとスーがいないことで心配している人がいるはずだ。だからスーの知人をなんとしても見つけたいのだが、スーにはその思いが届かない。
スーは三角座りでロッキングチェアに座り直し、ぶんぶんと強目に揺れ出した。
なんだよその不機嫌の表現。
「実際問題、オニーサンの自力が強いのか、オジョーサンのおかげで強いのかは問題じゃないんすよ。強ければ、必要とされる。この世はそういうもんっすからね。だからオニーサンには、きっとこの先大きなお仕事が領主様とか、偉い人より舞い込むっす」
確信めいた言葉で、ガブリは言った。
「ウチはそのおこぼれに与りたいっす。わけ前、欲しっす」
「なんでわけ前が貰えると思ってるわけ?」
図々しいにもほどがあるんだけど。
「だから、ウチはオニーサンの弟子になるっす! よろしくっす!」
「はぁ!? 聞いてないんだけど。てゆーか何? 弟子? それって、す、住み込み?」
「当然っす! オジョーサン!」
ドロルよりもなぜか先にスーが反応したので、ドロルが何か言うタイミングを失った。
スーは気色ばんで続けた。
「ドロルみたいなおじさんと、あんたみたいな女が一緒に住んでいいわけないじゃん!」
「なんでっすか?」
「だ、だって! だって、そんなのエッチじゃん」
「ああ、オジョーサンもお子様なりにそういうこと考えるんすね。大丈夫っす! このガブリ、誰にも増して役立つ女! もし求められるのであれば、あんなことでもこんなことでも何なりと応じるっす!」
ガブリは服の裾をたくしあげながら挑発的に笑った。
ガブリは髪こそ適当にザクザクと切られ女の子らしさを棄損しているものの、その顔自体は非常に整った少女だ。
体も細身だが胸もやや膨らみ始めており、ウエストは細く健康的だ。
ドロルは自分の娘ほどの年齢の少女の言動に、直球でテレてしまった。
「や、やめなさい、年頃の女の子が!」
辺鄙な場所での一人暮らしが長いため、そんな言葉で精一杯だ。
「ほ、ほら! ドロルだって嫌がってんじゃん! 弟子なんて絶対ダメだから! ねぇドロル」
「そんなつれないこと言わないでくださいオジョーサン! ウチはオジョーサンのお役にも立つつもりっす」
「ちょ! 舐めるな! 耳を舐めるな!」
てゆーか舐めるの好きだな。
スーの言う通り、同居はどうかとは思う。
しかし、牧場の手伝いをしてくれる人がいれば。
先日だってドロルの外出時に誰もスライムたちの世話ができなかったから途方にくれたばかりだった。
「オニーサン、なんとかお願いします! 邪魔はしません! お給金も不要っす! ただ、もしオニーサンに大金が転がり込んできたときに、ウチが役に立っていたらそのわけ前を少し弾んでくれるだけで結構っすから」
もしかすると、断るほどの余裕はドロルにはなかったのかもしれない。
「……スライムの世話を手伝ってくれると助かるよ。通いでいいし。なんとかお金も払えるようにしたいと思う。……すぐには、無理かもしれないが……」
ドロルが言うと、スーは少しムッとした。
しかしため息をついて「いいけど、あたしが教育係だからね」と折れてくれた。ただ教育係ってどういうこと?
ガブリは嬉しそうに笑った。
「なんでもするっす! このガブリ、誠心誠意オニーサンの役に立つっす!」
自分なんかがその期待に応えられるとは思わない。お金が欲しいと彼女は言ったが、彼女が満足できる分を払えるだろうか。
なんとか、少しでも牧場の経営状態をよくして彼女にお金を払おう。
これは経営を安定させる、ドロルにとってもチャンスなのだ。