マジで嫌なんだけど
「じゃあ、帰ろっか」
スーを見つけてさえしまえばここにきた理由も特にないので、ドロルたちは帰途についた。
オークたちはなぜか名残惜しそうにスーに手を振っていた。
スーは何が嬉しかったのか、妙に上機嫌だった。ドロルの本当の子供みたいに、腕を絡ませて歩いていた。
そして帰る前に一つ約束していることを思い出し、ドロルは彼女の元へ向かった。
「ガブ、目的達成した。帰るぞ」
ガブリは木に背中を預けて女の子座りで待っていた。ちなみにぷよは先に帰らせたため、彼女を連れて帰れば全員だ。
ガブリはスーを見て目を丸くした。
「ちょ、え? 待ってください。——ロロ、ロリ化け物ってことっすか? え?」
「ロリ化け物ってなんだよ」
ガブリが指し示した場所にはエンペラーオークがいたのだから、ドロルはそれが化け物なのだと納得していた。が、よくよく考えればそのエンペラーオークを手懐けてしまったスーの方がよほど格上なのは間違いない。
ガブリがサーチによってそう感じたのであれば、それは正しいのかもしれない。
「ちょっとドロルなんなのよこの女。失礼なんだけど」
「いえいえいえ滅相もございませんよオジョーサン!! ウチはガブリと申しまして、下賎な出ですが滅法役に立つ女として有名っす。ほんと、いくらでも靴舐められるっす!」
何やらスーには最初から下手に出るようだ。
それだけスーに感じるものがあったのだろうか。
すでに靴を舐め始めているガブリにスーは困惑している。
いや、もっと拒めよ。
「……で、この人なんなの?」
「なんでも両足が折れているらしい。だからおぶって街まで連れてってやらなきゃならないんだ」
「誰がおぶるの?」
「僕だけど」
「やだ!」
なんでだよ。
はっきりとした意思表示の意味がドロルにはわからない。
「でもガブは僕が怪我させちゃったんだ」
「はぁ? ドロルがおぶることないじゃん! そんな年頃の女の子をさ、いやらしい! いやらしドロル」
いやらしドロルってなんだよ。
「でもこのままここにおいていくわけにはいかないだろう」
スーはむくれている。
しかしスーに気を使ってガブリをおいていくわけにはいかない。ガブリをおぶろうと背中を差し出し、ガブリが掴まろうとした。
そのときに、スーはガブリの足を引っ張った。ガブリは地面に尻餅をつく。
「ぎゃ! なにするんすか! 怪我人っすよ」
「治したげるよ」
スーはドロルを押し倒し、馬乗りになった。
「おいスー、何やってるんだ!」
しかしスーはドロルの言葉に反応することもなくガブリの口を両手でこじ開けた。そして自身の頭の位置を上にして、その口になにやらドロドロしたものを吐き出し、ガブリの口の中に流し込んでいた。
「うぐぇ。ゲボォ! まっずこれまっず! 何、ニガァ! いや、すっぱ!」
「おい……スー。マジで何やってるんだ」
スーは吐き出すのを止めてドロルを見た。
「何って、治療だけど」
ゲボを飲ませる治療があるの……?
しかし、おそらくスーはドロルの理解できない高レベルの魔導士のため、そう言われると否定ができない。
ゲボをさらに注入されるガブリは、苦悶に顔を歪ませながらしかしスーに押さえつけられバタバタと暴れるばかり。
「ええ、まっず。地獄味。言葉で表現するならば地獄味。味の衆合地獄やぁ!」
ガブリは悶えながらも器用に食レポしてくれている。意味はわからないけれど。
一通り終わったのか、ガブリを開放してスーは言った。
「ほら、これで帰れるでしょ。どこにでも行きなさいよ」
言葉通り、ガブリはなんともすんなりと立ち上がった。
「おお、まったくどこも痛くないっす! ただめちゃめちゃ胃もたれするっす」
「はぁ? 我慢しなさいよ」
「はい! もちろんっす!」
ガブリは澱みなく敬礼した。
「え、もう治ったのか?」
それは信じ難いことでもあった。
ガブリは骨折していたし、それをこんな短時間でなんの代償もなく治すなどSランクパーティの回復術師でも難しい。しかもゲボでだ。
「ぽいっすね……。ただめっちゃ吐きそうっす」
いや、代償があるにはあったのだろうか。もっともその回復が胃もたれ程度の代償で足りるとは到底思えないが。
「……スー。君はいったい、何者なんだ?」
「スーはスーだよ」
そのスーさえも、ドロルが与えた名前だ。
ドロルはスーのことが、何もわからない。
だからこそ、これから彼女のことをたくさん知らなきゃいけないんだろうなと、ドロルは思った。
「スーが何者であったとしても、ドロルはスーを大切にするんだよ! こんな女よりさ」
おねだりみたいな嫉妬みたいなそれは可愛らしいし、ドロルはスーが元の場所へ戻れるまでは大切にしたいと思っている。
もちろんだ。
誓ってそうする。
ただ。
一つ思うことがある。
自分も、あのゲボで怪我が治ったのだろうか。
マジで嫌なんだけど。