愛か呪い
え?
いまスーはなんて言った?
「森のボスはあたしね」って言わなかった?
エンペラーオークは人の言葉がわかるらしい。もしいまの言葉がエンペラーオークに届いてしまったとすれば。
ドロルは走った。
ドロルはおそらくスーの身体強化で一歩で地面を吹き飛ばし、一瞬でスーのところまで到達することが可能だ。もはやエンペラーオークに姿が見つかるのは仕方がない。
爆発的な脚力を見せてスーとの距離を縮める。しかしドロルは止まり方を知らず、近くにあった木に激突した。
「ツ! ——いてて……」
「あ、ドロルー!」
スーは状況がわかっていないのか、楽しそうにドロルを呼んだ。
その朗らかな表情に少し安心する。なにせ牧場では、彼女を泣かせてしまったのだから。
体は痛いが、しかし動作に支障はなさそうだ。
ドロルはすぐさま立ち上がり、スーの手を引こうとした。
「スー! 逃げるぞ。……あれ?」
スーは、足に根が張ったかのように引っ張ってもびくともしない。
ドロルはスーの腰に手を回し、大きなカブを引っこ抜くように両足に力を込めた。
「……え、ちょっとどゆこと? ぜんぜん動かないんだけど、え、嘘だろ?」
「さっきから何やってんのよ」
「何やってんのって決まってるだろ。そこに危険な化け物がいるから、逃げようとしてるんだ。スーを連れて」
「ばけもの?」
スーは首を傾げた。
「ひょっとして、彼のこと?」
エンペラーオークを指さす。
「まったくもってその通りだ。スーは知らないかもしれないが、エンペラーオークっていうのはとても危険な魔物なんだぞ」
「大丈夫だよ」
「なにが」
「友達になったから」
「友達に? 誰が、誰と?」
「あたしと、エンペラーオークが」
ちょっと何言ってるかわからない。
ふとエンペラーオークの方を見る。1体のエンペラーオークと、5体のグランデオークが膝をつき頭を下げていた。その体勢に名前をつけるとすれば『土下座』である。
「いいかスー。普通、友達っていうのは、友達に土下座をしないんだ」
「ええ? そうなの? そっかぁ。みんな、おもてを上げい」
言葉に素直に反応するように、それぞれのオークが顔をあげる。
「ほら、友達だからいうことを聞いてくれるの」
「……なんていうか、友達っぽくなんだが」
一方的な関係というのは、いずれ破綻するんじゃない?
スーは恥ずかしそうに言った。
「まぁ、友達兼ボスだからね」
そういえば、この森のボスがどうだとか言っていたっけ。
なんとなくエンペラーオークを見ると、顔にアザができている。気がする。まるで喧嘩でもして殴られたみたいに。
まさか、スーが?
いやいや、そんなことは……。
「ドロル……えっとね。あたし、反省したの。さっきドロルに叱られて……。確かに、勝手にドロルの大切なスライムを魔物の森に連れていくのはよくないよね」
「……いや、それは、僕の方こそごめん。スーはみんなの餌の準備をしてくれただけだったのに」
スーのペースに巻き込まれてか、エンペラーオークがすぐそばにいるにも関わらずドロルは普通に会話をしてしまう。
「だから先に、この森のボスと友達になっちゃいました!」
「ちょっと意味わかんない」
確かにエンペラーオークは知性があるため人間と意思疎通が取れるかもしれない。そして、エンペラーオークさえ手中に収めれば配下のオークを手懐けられるのもわかる。
しかし、エンペラーオークと友達になる?
可能性はある。
もしスーがモンスターテイマーで、そのスキルがエンペラーオークの防御反応を上回る場合である。
「……ひょっとしてスーは、テイマーなのか?」
「はぁ? そんなわけないじゃん」
「じゃあどうやってエンペラーオークと友達になったんだ?」
「う〜ん、心意気?」
「ちょっと意味わかんない」
頭を抱えるドロルに、スーは付けたした。
「とにかく、この森には強力な仲間ができたから! ドロルがここにきてくれたからそれを証明する手間が省けてよかったよ。だからね、この森で下級モンスターを狩るくらいぜんぜん危険はないの!」
到底「そうか、わかった」などと言えるほどドロルは頭の整理がついていない。
「……そうか、わかった」
しかし、そんな言葉が自然と口をついていた。
目の前にかしずくオークたちを見れば、それを信じざるを得ない。
おそらく、スーはドロルの想像にも及ばない魔導士だ。
こんな辺境の地にそんなハイレベルの魔導士がいるのかはまったくわからないが。
「なぁ、スー」
「なによ、ドロル」
ドロルは言わなければならないことがあった。
混乱は言い訳にはならない。
人として当たり前のことが、まだできていない。
「命を助けてくれて、ありがとう」
ガヤイの街からの帰り道。
ドロルはディケイバードの毒をくらい、グランデオークに殴られた。その上で無傷で生きて帰るなんて、どう考えても不可能だ。
どうやってかはわからない。
でも彼女がやったのは確かだ。
「スーがいなかったらきっと、僕はもう死んでいたんだな」
いうと、スーが嬉しそうに笑った。
「ふふ、ふふふふ」
「……なんだよ」
「だって、ドロルにそんな風にいわれたの、初めてなんだもん」
そうだっただろうか。
そうだったかもしれない。
「でもあたしもドロルがいなかったら生きてないよ。お互い様だね!」
なぜだかぱああと胸が温かくなった。
スーの感情が流れ込むみたいに、ドロルも嬉しくなってしまう。
ドロルはまだ、スーになにもしてあげられていない。
スーの言葉は間違っていると思った。でも嬉しそうな彼女の言葉を否定するなんて、ドロルにはできなかった。
だから、ドロルは代わりに誓ったのだ。
「これから僕は、スーを助けるよ。何があっても」
スーは顔を両手で抑えていた。顔を真っ赤にしており、それを見ているとドロルはだんだん恥ずかしくなってしまう。
「……あ、あの、できる限りだよ。僕なんて、そんなにできることなんてないから」
3倍も4倍も年齢が上なのに情けない話だが、それが事実だろう。
そんな情けない言葉だったとしても、スーは決して否定をしない。
「ぜったいあたしを手放さないでよね」
愛のように呪いのように、そんな風にスーは笑った。