【SIDE スー】誤算
ダリューは結局スーの手がかりを何も見出せなかった。
当然だ。
だってダリューが見たのはスーが作り上げた理想の女の子でしかないのだから。
「ねぇドロル。もう帰らないと、夜の餌の時間に間に合わないよ」
スーとドロルは帰路についた。
それにしもて、ドロルの牧場からこの街は遠い。カンカンの日差しを浴びながら、スーは疑問を口にした。
「ところでさ、どうしてこんなに離れた街に買い付けにくる必要があんの?」
「僕の牧場があるのは辺境の地、フォーゴトン。他に近くの街なんてないんだよ」
「でも買うのって、魔物の干し肉とかでしょ」
「そうだけど?」
「別にその辺の森で取れるじゃん」
肉であればわざわざ干している必要はないだろう。
新鮮な肉であればもっと良いに決まっているし、それは森に入ればいくらでもいる。
「無理だよ。魔物を狩ってくれる冒険者が住んでない」
「ドロルが狩れば? むかし冒険者だったんでしょ」
「僕はダメだよ。僕はまともに魔物を使えないモンスターテイマーだからね」
スーはドロルがそうやって卑下するのが嫌だった。
だってドロルは本当は凄いとスーは知っているから、胸を張って欲しかったのだ。
「そんなことない!」
だから声も強くなってしまう。
「ドロルは凄いモンスターテイマーだよ。あたしは知ってるよ?」
「ははは、そう言ってくれると嬉しいけど、残念ながらダメダメなのは本当だ。なにせ僕はスライムしか使役できない」
スーはむくれるように頬を膨らませた。
「牧場のスライムだって弱くないよ。連れていけば肉用のモンスターくらいは捕まえられると思うけど」
「確かにアルミラットくらいならなんとかなるだろうね。でもその森にはオークが出るんだ」
「オークなんて……」
どうにでもなる。
なにせドロルは、虹色スライムを使役している。
スーはドロルの一部だ。だからドロルは、スーに戦うよう命じるだけでいいのに。
「ドロルは自分をみくびりすぎだよ……」
もっと自信を持って欲しい。
だからスーは帰り道で実際に戦うところを見せてしまおうと思った。
「こっちに向かって」
「あ、ここが近道だよ」
「違うよ、こっちって言ってんじゃん!」
スーはドロルを魔物の森に導いた。
その際に、スーは相当量の魔力を纏うことで森の魔物を遠ざけた。そしてある程度深いところに辿り着いてからは魔力を遮断し、魔物がよってこられるようにした。
森の中でドロルは心底不安そうだったが、でもやっぱり彼はすごかった。近くにいた中ではもっとも強いスライム系の魔物を瞬時に従え、あっさりと脱出する準備を整えた。しかも、である。従えさせた岩スライムが、心底嬉しそうだったのだ。
こんな人はいない。
これほどすぐにモンスターと一瞬で仲良くなれる人なんて、世界広しといえどドロルだけだ。
だからこそスーは、彼のそばに生まれたのだと思う。
「来た道を戻って、なるべくはやく森から出よう」
そんなふうに言うドロルは格好いい。
この程度の森であれば、二人ならばまったく問題ないことをわかって欲しかった。それで自信をつけて欲しい。
直後にアルミラットまで捕らえ、これで飼料問題も解決に近づいた。ほら、やっぱりドロルはできるんだ。
それなのに。
ふわりと現れたディケイバード(腐れ鳥)。
ポタポタと垂らす毒液が岩スライムに降りかかり、気がつくとドロルは庇うように覆い被さっていた。
「何やってんのドロル!」
テイムは、使役だ。
つまりモンスターを使うということ。魔物は道具であって、替えの利く存在のはずだった。そもそも岩スライムなんて、さっき出会ったばかりで、まだ絆も何もない。
「よ、良かった」
それなのに、ドロルは嬉しそうに笑っていた。
自分はものすごく傷ついているのに。
「良くない! ディケイバードの毒は致命傷になる! 岩スライムは、そこまで喰らいはしなかったのに!」
こうなってしまってはここに長居するのは危険だ。
魔物の少ない場所へ向かった後に治療しなければ。おそらくスーの万能細胞を使えば問題なく回復するが、初めての作業のため慎重に行いたい気持ちもある。
「スー、早く行こう」
「馬鹿、こっちのセリフ!」
後ろにもちょっとした魔物の気配はあるが、まぁ小物だ。
「グランデ……オーク……?」
しかしそれは、ドロルにとってはそうでもなかったらしい。
ドロルはその魔物を見て、体を硬直させている。
「はぁ。ドロル、もうじっとしていてよ」
大丈夫だよ。
何があっても。
あたしがいれば、何も心配はいらない。それをドロルに見せつけるいい機会だ。
「悪いな岩猫ちゃん。スーを頼むよ。森の外まで守って欲しいんだ」
ただし、ドロルはそんなスーの気持ちを汲むわけがなかった。
なぜならドロルは、スーなんて出会ったばかりの幼女だから。
「スー! 逃げてくれ!」
「はぁ⁉︎」
スーは注意をグランデオークに向けていたため、不覚にも隙をつかれてしまった。
ドロルはスーの前に飛び出した。
非常に強い脚力だ。あの毒を食らった体のどこにそんな力が残っていたのか。
気がついたときにはグランデオークの拳がドロルを捉えていた。
スーは様々な記憶や経験を持っているとはいえ、生まれたばかりだ。
スーは戦士ではない。
だから、体が硬直してしまった。声さえも出ない。
大切な人が傷つけられるその場所で、彼女の足は止まってしまった。
結果として二発目も許してしまった。それは絶対に止められた二発目だ。スーがしっかりしていないばかりに、ドロルが致命傷で苦しみ、そして全身から力が抜けた。
ああ、早く治療しなくちゃ。
早く助けてあげなくちゃ。
ドロルにはあたししかいないんだから。
ドロルが完全に戦闘不能に落ち入ったことで、グランデオークの視線がスーの方へ向いた。グランデオークは成人の倍もの背丈がある人型の魔物だ。だからスーを見下す形になる。
スーと、目が合う。
その瞬間、今度はグランデオークとスーの間に岩スライムが割り込んできた。
ガチガチと、グランデオークに対して威嚇音を鳴らしている。
ああ、そうだよね。ドロルは君のご主人様だもの。ドロルの前ではきっと、どんなスライムだって健気になってしまう。
スーは岩スライムに触れた。
スーの万能細胞が少しだけ岩スライムに流れ込む。岩スライムが一瞬極彩色に輝いて、それはすぐに馴染むようにもとの茶灰色へと変化した。
グランデオークはずっとスーを敵対視している。岩スライムよりもスーの方が脅威だと思っているのだ。いい勘だ。
まぁ、もっと勘がよければ今のうちに逃げていたのだろうけど。
「あたしが相手をするまでもない。だよね」
呼びかけるとドロルに岩猫と名付けられた岩スライムは「カチカチ」とやる気満々に鳴いた。
岩猫はその場でコロコロと転がる。そのスピードは音速で、生まれる旋風が大木を薙ぎ倒すほどだった。
グランデオークは異変に気がつく。
本来であればグランデオークと岩スライムを比べれば、圧倒的にグランデオークの方が強い。それにも関わらず、目の前の岩スライムの出力はおそらくグランデオークの比ではない。
「敵をとるよ、岩猫ちゃん」
グランデオークはしかし、果敢にも挑んできた。
もともとがかなり好戦的な種族なのだ。しかしこの実力差を見極められないのは戦士としては致命的である。
岩猫のスピードはさらに速くなり、ついにはこの場に竜巻が生み出された。
岩猫にグランデオークが殴りかかった。
ただし、グランデオークは岩猫に触れることさえできなかった。
彼は竜巻に飲まれ、地上から切り離されて体の制御を失った。その後はなすすべもない。ただただその風に乗って、空の彼方に消えてしまったのだった。