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引っ越し先に地縛霊になった元カノがいた話

作者: 篠山 翔

地縛霊になった元カノの話です。

私は幽霊のれいこ。気づいたら生前暮らしていたこの部屋の地縛霊になっていた。


最近、この部屋に新しい入居者がやってきた。かずおという二十歳過ぎの男だ。あろうことか、そいつは私の大学時代の元カレだった。


「……それで、お前、れいこだよな?」


引っ越し業者が帰ってすぐ、彼は私に向かって言った。目もしっかり合っている。引っ越しの最中もちらちら目が合っていたからもしかしてと思っていたけど、やっぱり私のことが見えているみたいだ。


「私のこと見えてるの?」


「見えてる。俺、霊感あるから」


たしか、付き合っていた時もそんなことを言っていた。その時は霊なんてものは信じていなかったから冗談だと思っていたけど、まさか本当だったとは。


「なんで私の部屋に引っ越してきた?」


「ここが事故物件で家賃が安かったから引っ越してきただけだ。ここがお前の部屋だなんてわかるわけないだろ。別れてから一切連絡とってなかったんだし。そもそも、ここはもう俺の部屋だ」


「私が先に住んでたんだし、今も住んでるんだから私の部屋でしょ」


「この部屋に住むための手続きは全部済ませてる。ここはもう俺の部屋なんだよ」


「そんなの屁理屈じゃん。幽霊に法律だとか手続きだとかが通用すると思ってるの?」


「どっちが屁理屈だよ。それにお前、家賃払ってないだろ」


「……」


なにも言い返せなかった。


「嫌だったら出ていけばいい」


「私、地縛霊だからここから出れないんだけど」


「……なら自分の葬式も出れなかったのか?」


「葬式、泣いた?」


「泣いてない」


「そういえば、私なんで死んだの?」


「覚えてないのか?」


「うん。ちょうど死んだ日の記憶だけないんだよね。死ぬ前日までピンピンしてたから、病気とかではないと思うんだけど」


「……知らないほうがいい。死因なんて、大抵ろくなもんじゃないんだから」


「そりゃそうだ」


彼はソファーに座って映画を見始めた。


ゴーストバスターズとは趣味が悪い。私はリモコンを奪ってテレビを消した。


「おい、なにすんだよ」


「他のにしろ」


適当にチャンネルを変えて、私もソファーに座った。


「仕事、なにしてんの?」


「会社員」


「そんなの、どこに住んでるの?って訊かれてアジアって答えてるようなものじゃん。もっと具体的に答えてよ」


「……化粧品の営業」


「似合わなすぎ」


「うるさい」





「寝坊?」


「お前が徹夜でテレビを見てたからうるさくて寝れなかった」


「だって幽霊は寝なくても活動できるし。ちょっかいかけなかっただけありがたく思え」


「机のビニール袋から菓子パンとって」


「めんどくさ」


「それくらいやれ。誰のせいでこうなったと思ってる」


着替え終えた彼に菓子パンを放り投げる。彼はそれを片手でキャッチすると、慌ただしく出ていった。




「おい、どうして買っておいた食べ物が半分近くなくなってる」


帰ってくるなり、彼は開口一番に言った。


「食べた」


食欲なんてこれっぽっちもなかったけど、彼が引っ越してきて、これまで何もなくがらんとしたこの部屋に、食料がきたのだ。久しぶりに『食べる』という行為をしてみたかった。満腹感は感じなかったけど、不思議と味は感じたのでひたすら食べ続けてしまい、気づけば彼が帰ってきたのだ。太った気もしないし、便意もない。私が食べたものはどこに消えたのだろう。


「誰の金で買ったと思ってる」


「だってすることなくて暇だったから」


「だからって人の食料を勝手に食うな。というか、いい加減成仏したらどうだ」


「できるならとっくにしてるわ!もうこの暇な生活にも飽き飽きしたし、逆に成仏する方法を教えてほしいね!」


「じゃあ、お札でも貼ってみるか」


「あんなので成仏できるのかねぇ」


「試してみる価値はあるだろう」


「じゃあ買ってきてよ。お寺か神社なら売ってるんじゃない?」


「俺の金で買うのは癪だな……」


彼は少し黙った後、無言で靴を履きなおした。


「癪なのに行くんだ」


「お前に居座られる方が癪だ」


三十分程経って、彼が戻ってきた。


「買ってきた?」


「完全に無駄足だった。近くの神社に行ったけど、社務所はとっくに閉まってた」


「そっか」





彼が昨夜なかなか寝付けなかったことは申し訳なく思っていたので、今夜は大人しくしていることにした。食欲がなくても食べることができたのだから、寝ようと思えば寝ることができるかもと思い立ち、ソファーに寝転がり目を閉じてみると、すんなりと眠りに落ちていくことができた。




台所の方からする物音と窓から差し込む日差しで目が覚めた。


ベーコンの焼けたいい匂いが漂ってくる。幽霊なのに嗅覚はあるんだ、なんて思いながら体を起こす。


テレビを点けると、彼が台所から焦ったように叫んだ。


「テレビ見るんならEテレにしろ!」


「なんでー?」


「いいから!」


渋々チャンネルを変える。やはり子ども向けの番組をやっている。朝はEテレしか見ないみたいな、そういう変なこだわりがあるのだろうか。懐かしさを感じていると、彼が朝食を持ってリビングに来た。


「私の分が無いじゃん」


「幽霊だから食べなくていいだろ」


「そんなこと一言も言ってないわ!」


「食べなくても死にはしないだろ。むしろ、幽霊が餓死したら成仏できるんじゃないか?」


「気になってたんだけど、なんでそんなに私を成仏させたいわけ?」


「前にも言っただろ。邪魔だからだ」


「あっそ」


彼は早々に朝食を食べ終えると、台所へ向かった。


私は、他にすることもないのでテレビを見ていた。しかし、最初こそ子ども向け番組を懐かしさを持って見ることができていたが、だんだんと飽きてきた。ニュース番組に変えると、彼は洗い物をしながらニュースは見るなと言った。


だからといって子ども向け番組を見ることにも飽きていた。私はどうするか迷い、面倒くさくなってテレビを消した。


彼は仕事に行く際も、私にニュース番組は見るなと念押しして出ていった。


彼はそんなにニュース番組が嫌いだっただろうかと訝しみつつも、何も言わずに彼を見送った。


そして、昨日と同様に暇な時間は始まったわけだが、2日間連続で食べ物を食い漁ってしまうのはさすがに申し訳ないと思ってやめた。彼のパソコンのロックを解除しようと試みたり、本棚の本を読んだり、適当なダンスを踊ってみたりした。


日も暮れた頃、ふとニュース番組を見てしまおうと思い立った。彼がいくらニュース番組を嫌いでも、ここに彼はいないのだから、何を見るかは私の自由であるはずだ。


時間帯的に、いろんな局がニュース番組を放送していた。適当なニュース番組を見てみるが、いつもやっているようなニュースばかりだった。そういえば、そろそろ彼が帰ってくる時間だ。窓に寄って彼がいないか眺めていると、女の子と手を繋いで一緒に歩いている彼を見つけた。彼は高層から眺める私に気づいていない。マンションの前までくると、女の子は彼にキスをして、笑顔で去っていった。


私と彼はとっくに別れているから、当然のことだと思いつつも、彼に新しい彼女ができたことがショックだった。


彼が帰ってきた。


「お札買ってきた」


と、いつもと変わらない調子で言った彼に、カチンときた。


「そんなに私にいなくなってほしいんだ?そうだよね邪魔だよね今の彼女がいるから!」


「違う!俺はただ……」


彼は苦い顔をして押し黙ってしまった。


「違わないでしょ!違うんだったらどう違うか言ってみてよ!図星だから何も言い返せないんでしょ!?いいよねそっちはまだまだ恋愛できて!私はもう恋愛とか結婚とかできないのにさ!」


無言──テレビのニュースだけが音を発していた。


『◯◯市の強盗強姦殺人事件の判決が今日、下りました。✕✕被告人は、11月15日、◯◯市にて□□れいこさんの自宅に押し入り──』


それは、私の名前だった。


彼は慌ててテレビを消した。


「どういうこと……?私……」


「俺は──!」


彼は叫んだ。彼がここまで感情を露わにすることは滅多になかった。


「俺は、ただお前に辛いことを思い出させたくなかっただけだ!お前が死んだ時の記憶がないって言ったとき、思ったんだよ……。知らないまま、思い出さないままの方が良いって。お前の記憶に、辛い記憶を残したくなかったんだ……!」


そうだ。彼のこういうところに私は惚れたんだ。


口も態度も悪いけれど、心の奥には熱い優しさがある。本人は照れくさがって隠そうとするからわかりずらいけど、それに気づいたときに、私は彼を好きになった。


「ありがとう!」


私は彼に抱きついた。彼は私を抱き返して、仏頂面のまま目を逸らして頬を赤くした。


あーあ。なんで彼と別れちゃったんだろう。転勤で遠距離になるからって、別れなければ良かった。


「おい、お前!」


「え?」


彼は私の足元を指した。元々半透明だった足が、みるみる薄くなっていく。


「え、えぇ!?このタイミングで成仏すんの?なんで!?」


「あ……」


彼は手に握っているお札を見つめる。


「効果あったんだ、それ」


私は笑いながら彼から離れた。


「ありがとう。結局、死んだときのことなんて思い出してないし、大丈夫。気にしなくていいよ」


私はとびきりの笑顔で最後を飾れるように、笑った。


「最後にかずおに会えて良かった。じゃあね!」

ありがとうございました。

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